Time immemorial


 こんな日常……   
                
 

 ― 私は君が大好きよ……それだけじゃ、駄目かな?

  神社がある高台、冬の冷たい風、紅夕日を背に少女が微笑む。
  耳の脇に結った長い髪を、風の精霊が流れへといざなう。
  茶色の、印象的な瞳。

 ― 駄目だよ、すべてを憎んだら人生つまらないでしょ?

  彼女の長いまつげがゆれた。

 

―――――――――   はるか昔の、思い出のワンシーン  ―――――――――        

 10以上は年上の“可愛らしくも意志の強い憧れの女性の言葉”は、少年の気持ちを変えるには十分だった。

 

 天気良好な日曜日の昼下がり。
 東京の街中に立つマンションの一室。
 独身男には、少々勿体無い……品の良い部屋の中央のベットで、彼は寝起きの顔。
「おはようダーリン♪ 今日は、頑張って朝ごはん作っちゃったのよ☆」
 うふん、とウインクを一つ。
 ヒラリとレースつきの膝丈(ひざたけ)スカートが翻る。
「……その……服どうしたんですか?」
 精悍な顔つきな彼は、枕もとのメガネをいつもの位置にかける。
「やだぁ〜今流行りなんだよ、メイドさん♪」
 いや〜ん嬉しい? 嬉しい? やっぱりダーリンでも、そう思うでしょ? だって私可愛いもん。なんて言葉を紡ぎながら彼女は手にもったプレートをウッカリ床に落っことす。
 そんな事は、これっぽっちも気にせず、ツインテールの女の子が微笑んだ。
「……僕があと十若ければ思ったかもしれないですけどね…」
 そこで彼は深いため息をついた。
 その床に広がった牛乳や食パンは誰が片付けるのかと…。
「十分若いじゃない! 20代後半なんてマダマダ……まだまだーーん♪」
 潤んだ瞳で、自分のパジャマから覗く胸元を見つめるのはやめてくれないか?
 そう言いたいのをグッとこらえて彼は、また溜息。
(20代後半ともなれば、それなりの幸せを得られると信じていたが……このまま行くと……不幸せ一直線のような……)
 男はベットから立ち上がり、とりあえず顔を洗おうと洗面所へ行こうとするが
「もぅ! どうして、そんなに冷めてるかな〜。 ねぇ、一緒にさぁ」
 ツインテールの髪を揺らしながら、目をクリクリっとさせて少女が男の背に身体を預ける。
 男は、その様子に少々ためらったが振り返り、少女の細い手を、その大きな手で包み込む。
(相手にされないと、すぐにいじけるから……たいした経験もないくせに分かったような事言って…)
「冷たい手だ……」
 同情するような、哀れむような男の声。
 それに反して、瞳は演技力ある俳優そのものだが。
 少女は、その言葉に頬を染めて俯く。
 胸元からチラリと見える白い胸が揺れる。

 と、そこで……

「ああぁぁ!! ちょ、お師匠様から離れろっコノ幽霊っ」
 突然部屋の扉が開く、見ると彼の弟子が血相変えてコチラへ指差し。
 男に寄り添っている少女に良く似た顔の少年だ。
「ありえねぇ〜! あんたさぁ〜、成仏するって先週言わなかったか!?」
「うるさいわねぇ……成仏しようがしまいが私の勝手でしょ♪」
「お師匠様、子供の頃の初恋の相手が“とりついている”からって甘やかしちゃ駄目ですよ!!」
「いや〜んダーリン私が初恋なの〜?」

― 煩い。

 男は思った。
(普段は御国のために働いて、裏の世界で陰陽師……先祖代々の仕事はいえ…まぁ、この歳にもなれば身辺も落ち着いて…いたんだがな)
 事の発端は、確か“霊力高い”この弟子を受けれた、今年の夏。
 少々、面倒も伴ったが……即戦力を手に入れた事を内心喜んでいたつもりが、とんでもないオマケも着いて来たのだ。

― 数十年前に死んだ初恋の相手が目覚めたのである……霊として。

 霊力高い弟子の力の開花に合わせて……

「ちょっと〜! あんた私の甥っ子でしょ〜。 だったら私とダーリンの仲応援しなさいよ」
「だーかーら困ってんだよ! お師匠様に、うちの先祖が迷惑かけてるなんて……俺が破門になったらどうしてくれるんだ」
「ああっ……分かった! あんた私のダーリン狙ってるのね〜。世の中進んでるって言ってても、駄目駄目駄目……いくら初恋の相手と顔が似ていても男の子はだーーめ!!」
「ありえねぇ! あんた会う度に訳のわからん情報仕入れて、恐ろしい事を!! この中ポルターガイストで汚しやがって師匠に悪いと思わないのかっ」

 似た顔の、高校生くらいの女と男が、自分の寝室で怒鳴りあう日曜日が通常となってきた最近……
(でも、君も片付けようとは思ってないんだね……)
 男は、しらけた顔で寝室の扉を閉めるのが日常となっていた。
「あの頃……彼女が頼もしくも賢い少女に見えたが……今の僕には…ふっ…」
 困った顔で男は不敵に笑う。
 彼女より、姿も中身も十分大人になった彼。
 正直、幼い少女の相手は、今の彼には手に余る…が、
(結局……初恋の相手には弱いんですよね……)
 自分に取り付く幽霊を、嫌がるそぶりはするが、手元から離す気は無い自分をあざ笑う。
 肩をすくめて男は微笑んだ。
 部屋の長い廊下を歩きながら――。

END