一の旅
旅立ち「それでも、やっぱり熱は出る」
山岳地帯シディール。
冷たい風に、作物一つ実らない土地。
交通に不便なことから、隣国への近道とは言え、まず人は利用しない。
「そうね…そうよね…。 ここに道が出来たのも20年前の戦争の時に、隣国への不意打ちの為に作られたからだし〜」
年は昨日付けで16歳。
金髪の短い髪に青く大きな瞳。
キリッとした眉に、キュッと引き締まった口。
凛々(りり)しい顔立ちだが……
「もう! これでもレディーなのよ!! どうして…どうして村人から逃げるように…こんな険(けわ)しい道歩かなきゃ…」
しっかり女の子なのである。
こみ上げる涙をグッと押し込んで彼女は前を見た。
腰に携えた長剣の鞘部分を握り締める。
後ろからトボトボついて来る、白銀の狼に声をかけながら。
「行くわよ! いつまでも泣いてるんじゃないっ!!」
その言葉に狼は、『僕はイヌです。 名前はコロナ』と書かれた、木製の板がついた首輪を右に左に揺らしながら頷いて、大
粒の涙を瞳に蓄えながらも彼女の後ろをついて行った……。
- 時に人は、己に与えられる試練よりも、隣人に振り掛かる試練に心打ちひしがれるモノである。-
天井つきのフカフカのベット。
その中に眠るは、彼女のお母様が作ってくれた愛らしいテディベアを抱きしめて健やかに眠る金髪の少女。
「朝の光り…まぶしい……」
彼女は薄っすらと瞳を開けながらも、いつも通りの一日が始まることを予感したが……
「…ふふ…そうね…全て夢だった…」
フカフカのベットは何処にも無く、彼女を覆(おお)うのは寝袋であり、抱きしめていたのは白銀の狼。
シディール山を越えるには、軽く一週間はかかる。
昨夜は、何とか見つけた洞窟に寝袋を敷き夜を過ごしたのだった。
「どうして、こんな事になっちゃったのかな…まぁ、しょうがないか…」
深いため息をつき、何かを諦めた顔…そして慈愛の瞳で少女は自分の胸で眠る狼を見た。
「うん? 私の胸? きゃー!! 起きなさいよコロナっ! あんた、何てずうずうしい奴なの!」
パコーンと狼の頭は殴られ、向かいの壁に身体が激突。
それでも、目覚めた狼はヨロヨロと立ちあがり……
全身の毛を逆立たせ「フー!!」と、彼女の方に唸(うな)って見せる。
「ちょ…あんた、いつから私に逆らうように!」
少女は高飛車な声を出しつつも困惑顔。
「ーーーっ!」
狼が少女目掛けて飛びかかる! 彼女が声にならない悲鳴を上げる瞬間!
「はなせっ―!」
突然現れた棍棒を持った男の手に噛みつく白銀の狼有り…だったりする。
「何なの? これ」
瞳をパチクリさせる少女の目の前では、狼VS大男の格闘が繰り広げられていた。
「ふふん♪ ふふ〜ん♪♪」
ご機嫌な鼻歌、リズムにのり、スポンジで発展途上の自分の身体を磨(みが)く金髪少女。
(山岳地帯シディールが、“作物一つ実らない土地”だなんて、誰が言ったのかしら♪)
「アリィール様! お着替えお持ちしました☆」
竹で囲まれた浴室の外から、元気良い女の子の声。
「はいはーい! ありがとうね」
桶で湯をすくい泡だらけの身体に、それをかける。
タオルで身体を覆ったアリィールは、外へ出た。
「ありゃ? 気に入った? そのイヌ」
「イヌ? イヌって言うのですか!? この生き物!」
目をきらきら輝かせた女の子は初めて見る“イヌ”と言う生き物に興奮状態だ。
かまわれている“イヌ”という生き物コロナは困惑。
「ふふっ♪ コロナも洗ってくれたのね。ありがとう」
「当然ですっ! 救いの救世主様のお連れのイヌ様を持て成すのも当然の努めです」
その言葉に今度はアリィールが困った顔。
(そうなのよね…私、この隠れ里の占い師の予言によると、この村の救世主って奴なのよね〜)
今朝襲ってきた男 (全身噛み傷だらけの本人曰く 「ただ予言通りの場所へ救世主様をお迎えに行っただけです」 )は、
この山岳地帯シディールの中腹に住む 隠れ里の住人の巫女の使者だったのだ。
(それが分かったのも、別の仲介人の この子が来てくれたおかげだけどね)
自分を見下ろすアリィールに、女の子は訳わからず微笑んだ。
「救世主様ごめんなさい!! パパにオチドがあったらならシャザイします・・・だからお怒りを静めてください」
間に入った女の子の必死の形相に、コロナに加勢しようと剣を抜く手を止めたアリィールだった。
「着替えが終わりましたら巫女様がお会いしたいとの事です」
女の子の言葉に少々うんざりしたものの、一時でも安息の場をもたらしてくれた礼を含め巫女へ会う決心がついたアリィール。
「何があっても驚かないわよ!もう」
パンッと自分の頬を両手で叩く金髪少女。
その言葉は後から撤回されるのだが・・・。
齢16歳の少女が受ける“驚きの事実”など、よくよく考えて見ればマダマダこれから沢山体験するモノだったからだ。
木製の板で出来た通路の先にあったのは、和紙で出来た扉。
中に案内された自分の目の前にあるのは、見たこと無いくらい短い足で出来たテーブルだった。
(…何か向かいの席で…巫女様らしいオバアチャンが座っているけど…私、無理その座り方…)
簡単に言うと正座の事だが、アリィールの住む地ではそういう風習は無いのだった。
「ああ…あはは!」
どうしたものか、悩むアリィールへ女の子が馴染みの形の椅子を持ってきてくれた。
ホッとしてアリィールは椅子へ座る。
----静寂。
どこからか、鳥のさえずる声が聞こえる。
向かい合う二人。
(何か…目上の人を見下ろしているみたいで具合悪いなぁ〜)
そんな少女の思いとは別に老婆が微笑んだ。
「初めまして、東の領主様の愛娘アリィール様。 私は、この隠れ里の巫女。ヒスイと申します」
その言葉にビックリ顔のアリィール。
(ちょっと、待って! どうして? 私はこの隠れ里の巫女様が私を救世主として呼んだのよね…えっと…えっと、どうして私の
素性や名前を知っているの? あ〜そんな事…聞き返していいものやら…)
とりあえず、返答せずに微笑むだけのアリィールだった。
いつのまにかコロナもアリィールの足元にいる。
「私と貴方のお父様が出会ったのは今から20年前の事です。
西の国の征服を終えた後、隣国の奴隷として扱われていた私達“黒の一族”をこの地へ解き放ち彼は言いました。
“西の国は西方人の土地。あれを君達に渡すことは出来ない。
シディールの土地を耕せ。さすれば黒の一族の安住の地を得られる”と、
最初は騙された気持ちでした。私達は“自由を条件”に西の国の攻略に手を貸した一族でしたから…用済みになった私達
を荒野に棄てるのかと…そう思ったのです」
老婆の昔を語らう姿にアリィールは何だか複雑だった。
(う〜ん…救世主から今度はお父様の娘だからと持て成しを受けているのか…。 うーん…そう言えば、お父様って何処に行っても偉大な人扱いなのよね。 私は微妙だけど…)
老婆は彼女の心情など知らず話しつづける。
「シディールは山越えには困難だが、中腹は緑と水にあふれる土地で有る事を…実際にその地を目にした あの方だけは知 っていたのです。 私達の故郷は既に有りませんでしたから…この土地が新しい黒の一族の土地となったのです」
(れれ……?)
頬を赤らめ語るオバアチャン巫女の白髪が見る見るうちに黒くなり、深く掘られた皺(しわ)がスーと消えて行く。
若若しい巫女へと変貌した相手はアリィールとコロナが真っ青になる中語りを止めない。
「私達が村を作り上げるまで、領主様は何度と無く顔を見せに来てくださいました…もちろん援助もして頂いて…」
(ちょ、ちょっと…! お父様…の毒牙にかかった女がここにマタ1人…どうりで、この人しゃべり方に婆くささが無いと思ったのよ…変幻自在な未来巫女ね…もう!)
アリィールは慌てて机をバンと叩いた。
「巫女様…私を救世主と見込んで迎えに来たのですよね!!」
引きつった顔で返答を求める少女に巫女はキョトーンとした顔。
「ああ☆ まぁ、ごめんなさい! 私と来たら…つまりは、私とアナタノお父様は知り合いで…まぁ、チョット昔のツテもあるし、お願いを聞いてくれないかなぁ〜という話なのよ」
ビキッー!と、アリィールは更に顔を引きつらせた。
(どうして、お父様の妾を私が助けなきゃいけないの…本当女といったら手を出さずにいられないんだから…もう! なによ・・・私達の事はあんな酷い追い出し方したくせに…馬鹿!)
「お願いなら…父へ直接言っていただければ結構だと思いますけど!」
嫌味丸出しのアリィールの顔に、巫女は余裕の表情。
「昨晩“神託の女神”から私達、黒の一族へ託された言葉があります」
(し……神託の女神ですってぇえぇ!! あの糞女神また人を利用する気!?)
ますます激怒して行く相手の顔に、巫女はさすがに戸惑いを覚え、気を使うように話し始めた。
コロナもアリィールの激怒の形相に全身を振るわせ怯えている。
「“1派の洞窟に、悪妖精を倒す救世主有り。 名を東の領主の娘“アリィール”と言う。手厚く持て成しなさい”との、お言葉で
した。 実は…私達、数ヶ月前から、悪い妖精に…」
巫女が言いかけたところで、アリィールは再び机をバンッーー!と叩く。
コロナは前より激しい音に目を白黒させた。
「だれが…あの女神の言う事なんて…」
“利くものか”を言う前に少女の悲鳴が辺りに木霊する。
「え…? ええっ!?」
慌てて声のする方向に走り出し、縁側を抜け外へ出る。
広い庭に現れたのは、竜巻の身体左右から伸びる黒いハサミを持つ化け物だった。
下から伸びる長い尻尾が、さっきまでアリィールの世話を焼いてくれていた少女の身体を拘束している。
「ちょ…ちょ…マジ? あれモンスターじゃん」
息を呑むアリィール。
竜巻が辺りの空気を飲み込み外へと吐き出す。
立っていられない風圧に皆が動けない。
「ああっ! ああやって、皆をサラって行くのです…どうか…どうか救世主様お助け下さい…」
巫女がアリィールにシガミツク。
「そんな事言ったて…動けないし、巫女様も邪魔っ〜」
半泣き状態のアリィールの傍を銀色の獣が飛んだ!
「コロナっ!」
狼は鋭い歯を剥き出しにして黒い獣の尻尾に噛みついた。
その反動で少女は地面へ落下するが、コロナが人知を超えたスピードで下降する少女に追いつき背で抱きとめる!
モンスターは怒りと共に、その鋭い刃をコロナと少女目掛けて振り下ろそうとする。
「だ…駄目っっ--!」
アリィールは金色に光り輝く剣を構えると、風を切る剣を前に走り出す。
「たぁーーー!」
モンスター目掛けて空高くジャンプしたアリィールは、剣を振り下ろした。
金色の光線は風のモンスターを真っ二つにして消滅させたのだった。
「コロナ…皆…大丈夫…?」
その言葉に、皆が頷いたのだったが…。
「あり…あら…あらら…?」
クルクル目を回して、身体をフラフラとさせて、少女は今は光を発しない剣をポイっと地面へ捨てる。
へなぁ〜と、地面に不時着する少女へコロナが寄りそい鋭い瞳で口を開いた。
「酷い熱だッ! 巫女様っ! お医者様を読んでください!!」
夢 「だって!聞いていないもの・・・最悪な誕生日!!」
(あれが…夢ならどんなに嬉しいか…
夢にしてくれるなら“神託の女神”以外ならどの神にだってお願いするわ!
うん。今なら悪魔にだってお願い出来る!!
ただの悪夢にしてくるなら…そう、あれは昨日…私の誕生日の出来事…)
- そう、物語の始まりは1日前にサカノボル。
本日は東の村 ドミニオンの領主の娘アリィール・テリア・ドミニオンの16回目の誕生祭。
一週間前から準備された祭りは、村人なら誰もが許される“遊びの日”としても有名だ。
日が沈む前に行われる、教会での祝いの式では教会の関係者と領主夫妻と娘…そして親戚が出席するだけ。
村人に取っては飲めや歌えのドンチャン騒ぎが許される日でもある。
何はともあれ、今回の誕生祭は(政治的にはマダマダ先とは言え)ドミニオン領主の力を受継ぐ儀式が行われる、
特に特別なものだった。
「どうして? 私の為の祭りなら村人皆が集まって私を祝福してくれればいいのに!」
「誕生日は皆平等に訪れるものだよ。アリィールだけが、ただでさえ特別扱いなのに、式典まで村人皆が集まらなきゃいけないのかい? 村人とは言っているが…ここは王都並みの人口だよ。 うん?」
スカイブルーのドレス姿の娘の言葉に、領主は微笑みながら答えるのだった。
「それに、今日は10年ぶりに アリィールの幼友達が一時帰宅するでしょ?
我が家で援助金を出しただけの成果をあげて来たとの事でねすわ♪ コロナちゃん元気にしているかしら?
とっても愛らしい子だったわ!」
アリィールの母は、フンワリした温かい雰囲気を持った方だ。
美人だがチョット抜けている。
アリィールは教会から見える、シディール山へ沈む太陽を目にため息をついた。
(10年前、『必ず!魔道騎士になって帰ってくるから!!』て言って…その後は音沙汰無し…お父様達とは連絡とりあっていたようだけどさぁ…。 もう少しで式も始まってしまうのに…何をしているのかしらコロナ…)
10年前に約束した魔道騎士にはどうやらなれたらしい幼馴染は、式が始まっても姿を現さなかった。
式が進行する中、合間合間にため息をするアリィールを控えの席に呼んで抱きしめる母。
「今、連絡が入ったのだけど…。 コロナちゃん“土砂崩れの為、道を迂回するから到着が遅くなる。着くのは式の後半辺り”だそうよ…。一緒にクラリス魔道騎士も来ているそうだから元気出してね。 アリィールちゃん」
“クラリス魔道騎士”の言葉にアリィールは少々頬を赤らめたが、不機嫌度は高まるばかりだった。
「何よっ! 何よっ!! コロナ…あんたが、王都で魔道騎士の称号を得ている間…私が何も努力していなかったとでもいうの!! 16歳の誕生称号に頂く真珠のネックレス手に入れる為に私だって沢山勉強して、魔法も覚えて…レディのマナーだって凄く苦労して覚えたんだから…! 酷い…ひどいよ遅刻なんて…遅刻なんて…」
少々周囲に聞こえる声で独り言を呟く姫1人。
- いや、だから原因は土砂崩れでしょ?
の突っ込みを不運にも誰もがしなかった。
少女の怒りは益々高まって行く。
厳かな式の中、式典は“宝珠授与”へと進行する。
「次代なる主の証を受継ぐ事を 神と精霊、都民なる恩恵者達へ誓い 宝珠を授与する。
アリィール・テリア・ドミニオン 前へ!」
現領主が呼ぶ中、アリィールは誓いの階段を一歩一歩上がって行く。
(コロナ〜! …コミュイス ロウナード!! あんた私の大事な式典に遅刻なんて遅刻なんて許さないから…。
昔のように、逆さ貼りつけ獄門の刑にしてやるぅ〜)
怒りがマックス状態に達した時だった。
辺り全体が光り輝き全てを覆い尽くす。
「何よ…これっ!?」
光が止み、アリィールが目を開いたとき、教会にある十字架を背に美しい女神が現れていた。
神秘なる青い髪に瞳…手には光り輝く教典を持っている。
『私は“神託の女神”・・・神の意志を告ぐものである』
誰もが息を呑む中、空気を読めない姫が1人。
「お父様…何? あれ…また悪ふざけ!? 正直機嫌悪いのに、あんな美人おばさん呼ばないでよ」
無礼にもアリィール姫は女神に指をさした後“美人おばさん”と、言いきったのであった。
それに慌てたのは領主パパである!
“女神が本物”と直ぐに認識した父は愛娘を抱きしめるとガバッと、女神に頭を下げた。
「お父様!?」
びっくりする娘の口を片手で覆った領主は、顔を上げ言葉を選んで女神に問う。
「これはこれは、名高い女神の中の女神!“神託の女神”様…私は東の村 ドミニオンの領主グラスパー・ハイル・ドミニオと申すもの…。 失礼ながら、女神様に一つの問いがございます。
今日、この場に“神託の女神”様が現れたのは如何様でございましょうか?」
ニコッと微笑むグラスパー領主にさすがの“神託の女神”も頬を赤らめる。
何しろアリィールのパパは、先代の女王陛下の心も射止めたという極上の美形だったりするのだ。
だいぶ年も取ったが、腐ってもタイ…女神の心を潤すには十分な美貌だったらしい。
『コホン…。』
頬を赤らめた女神は先ほどのアリィールの無礼も忘れ、小鳥のような美しい声で話し始めた。
『私が人類の前に現れるのは、神の意志を代行し、人々に神託を託す時のみ。
今日、この日にドミニオン領主の力を受継ぐアリィール・テリア・ドミニオンに命じる!
10 の悪妖精が世界に飛び立った! それを封印! 駆除せよ』
沈黙……。
長い沈黙。
《当然といえば当然ね…いきなり女神の私が現れて神託の話ですもの、返事には悩むものでしょう……。
答えはイエスと分かっているけど考える時間を与えなければね♪》
自分を見つめる人間達の瞳に優越感を持った女神は微笑み、次の言葉を発しようとした。
「いやよ」
父王の手を振り払い、毅然とした態度でそう返答したアリィール。
その言葉にその場にいる全て(女神を含め)が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
アリィール以外はであるが……。
「どうして私が突然現れた無礼な女神の言う事を聞かなきゃ行けないの? 正直機嫌悪いのよね!!
お願いがあるならチャンとアポイントメントを取ってから日を改めて来て欲しいわっ!」
フンッと、ドレス姿のアリィールは女神に向かって仁王立ちしてみせる。
沈黙ー。
沈黙ー。
ちんもく……。
アリィールパパはガクリと、地面に崩れた。
『神託を拒否するというのですか?』
怒りで震えた声の女神がアリィールに問う。
「ええ!私こう見えても多忙なの」
ふふぅん♪ と、意地悪アリィールに女神の怒りは頂点に達した。
『神託を拒否するものは、女神の審判が下ります!』
フッと女神が右手を天へと上げる。
光りの柱がアリィールへ落ちる!
「アリィール!!」
彼女を突き飛ばし、代わりに光りの柱に囲まれた者がいた。
『獣となり…しばらく反省…あら…あららら…まぁ!』
アリィールは突き飛ばされた先で呆然としている。
その場にいた全員の視線は、光りが消え去った後に変化したものへと集中した。
「コミュイス ロウナード!!」
その変化したものへ、アリィールが良く知った人物が駆け寄る。
茶色の髪に黒い瞳の魔道騎士クラリス。
「今……何て?」
硬直するアリィールはヤットの事で言葉をつむぎ出し、クラウスへ問う。
「彼は、コミュイス ロウナード…姫、あなたの幼馴染です」
その切れ長の瞳を曇らせ、クラウスは答える。
彼の隣にいるのは、白銀の狼。
四本の逞しい足の先からは鋭いツメが剥き出しになっている。
開いた口からは尖った歯が突き出していた。
そう、その恐ろしい狼…の瞳からは…大粒の涙が流れていた。
「コロナ…コロナ…なの…?」
困惑して、駆け寄るアリィールに狼コロナは首をぶんぶん縦に振って答える。
「アリ……ワンわんわんっ〜…… ???? オゥー!!オゥオゥ―!!」
狼コロナは人語を話掛けたように見えたが、儀式に使うサイドに並べられた数台の鏡に映った自分の姿を確認し、幼馴染へのプライドが上回ったのか直ぐに狼になりきった。
「なりきれていませんでしたよロウナード…最初はイヌその物でした」
隣にいたクラウスが、物凄く不機嫌な顔でコロナへつっこみをした。
クラウスの言葉が小声だったのが幸いしたのか、アリィールは真っ青な顔でコロナへ駆け寄ってくる。
スカイブルーのスカートをなびかせて、白銀の狼を抱きしめた。
「なんて…なんて酷い事を!! 誰のせいで、こんな惨い事に……」
“いや、アナタノせいです”の周囲の無言の突っ込みには気付かないアリィールは中に浮かぶ神託の女神をキッと睨んだ。
「アリィール・テリア・ドミニオンの名にて命じます。 コミュイス ロウナードを元の姿に戻しなさい!」
ズ―ンと沈黙が周囲を支配する。
“命じます”アリィール姫はハッキリ神託の女神にそう言いきったのである。
『神の代行者である私に命じると申しました?』
長年培ってきた女神の微笑を絶やさず、神託の女神はこめかみを痙攣させながらアリィール姫に問う。
「そうです。 事前に何の約束も取り次がず、儀式を中断させ場を混乱させたのは貴方でしょ? 女神様。
あまつさえ、私の幼馴染を“身勝手な罰”で獣に変えたのは誰ですか!?」
“うわ〜微妙に正論だよな?”
そこにいたギャラリー全てが、王である資質“説得力”を発動させている少女の言葉に支配された。
「それに…。 私は今日と言う日の為に、才能かけらも無い事にどれだけ時間を費やしたと思っているのよ!?
コロナが…10年ぶりに会う幼馴染が出世して帰ってくるのよ! 私だって負けていられない心境だったし・・・。
コロナに・・・コロナに・・・ごめんなさい・・・て・・・輝かしい場で謝るつもりだったのに」
アリィールのポソリと出た言葉に、コロナが涙を溜めた瞳で少女を見た。
それはそれは優しい瞳で。
『あなたには、神を敬う心が無いように見うけられます。
正論は正論。ですが、場を重んじ、長つ者をと尊く思う気持ちが無ければ王になる資格を得る事は叶いません。
今一度神の言葉をお伝えします。
ドミニオン領主の力を受継ぐアリィール・テリア・ドミニオンに命じる!
10の悪妖精が世界に飛び立った! それを封印! 駆除せよ』
女神の美しくも勝ち誇った顔。
つまりは“場の空気の読めないお子様は、素直に言う事聞いていれば良いのよ。 そうしなければ幼馴染は一生狼のままですわ☆”と、脅迫していたりする女神だった。
ギリギリと歯を鳴らすアリィール。
その様子にビクリと硬直するコロナ。
特異満面の顔の神託の女神。
「い・や・よ! 私は絶対あなたに従わない!! あなたは間違って私の幼馴染…コロナを獣に変えたのよ、例え女神で
あろうとコロナへ謝るべきだわっ。 元に戻して!」
引き下がらない娘を止めようと、アリィール目掛けて父王は走り出す。
『神の言葉は絶対です。 10の悪妖精を倒した暁には、コミュイス ロウナードを元に戻す事を約束しましょう』
微笑を絶やさない女神は、不協和音で連なる言葉を奏で出した。
黄金の光が女神を包み込み、神の使いはその場から消失。
残った激しい耳鳴りに周囲は両手で耳を塞ぐ。
「いったい…なんなのよ。 耳がオカシクなりそうだったわ…村中に響き渡る音…あの、野蛮女神…」
音が鳴り終わり、アリィールが立ちあがる。
後ろを振り向くと、塞ぐ耳を解き放った父親が目の前にいた。
「お父様? …いやよね? あの女神自分をなんだと思っているのかしら!?」
自分の父親へ話掛けて見たアリィールだったが…相手の無言の言葉に困惑する。
「お父様…」
「追い出せ…わが娘のアリィールを…ドミニオンから追い出すのだ!!」
言葉終わらず硬直する娘は、父王の瞳を見て気付いた。
「あの、女神…声でお父様を洗脳したのね!」
父王の言葉に、その場にいた全員が「姫を追い出せ!」「姫を追い出せ!」甲高い声で答える。
じりじりと迫ってくる人々にアリィールは唾を飲み込んだ。
(ちょっと…どうして、お父様、手に剣なんて持っているの…まさか…殺される!?)
村人が手に椅子や、蝋燭台を手に、1人1人迫ってくる。
「は…反則よ…あの糞女神」
引きつった声…。
一歩二歩後ろへ下がるアリィール。
「姫! 走って!!」
彼女の手を掴み、声をかけたのはクラウス魔道騎士…彼だった。
アリィールは迷わず言われたとおり、儀式台の後ろの壁まで共に走る。
死角にあった2階へ上がる階段を駆け上がる二人の後ろから追いついてくる獣有り。
「コロナっ!?」
見て分かる正気の目、彼も彼女を守ろうとしているのだ。
2階へ上がり、廊下ぞいにある巨大な窓を開けるクラウス。
夜風がドッと入ってきた。
そして……
「姫を追い出せ! 姫を追い出せ! 姫を追い出せ!……」
永遠とも続く言葉を発する村人達が教会の外から何十・何百・何千とも灯る松明を片手に呪いの言葉を発していた。
「ありえない…ありえないよ…」
弱気の声をこぼすアリィールにコロナはそっと寄り添う。
「“ごめんなさい”をしないのアリィール?」
クラウス魔道騎士がアリィールを見た。
怒っている訳でもなく、呆れているのでもない。
ただ問うている。
彼の茶色の髪を冷たい風がそっと撫でる。
「あやまらないわ! 私は私が正しいと思った事に謝罪する気持ちは無い。 私が私で無くなるなら死んだほうがましよ」
真剣な表情のアリィールの言葉にクラウスはハッと目を見開く。
「ふ…ははっ! 君らしい…いや、それでこそ“ドミニオンの姫”だ。 そうでなければイケナイよ」
アリィールは予想もしないクラウスの様子にビックリ。
甘く優しい瞳。
オトギバナシの王子様のような微笑みで彼はアリィールを見る。
満月が怖いくらいに金色に輝いていた。
アリィールの腰を支え、クラウスはソッと彼女の唇へ自分の唇を重ねた。
軽く触れた唇は離れ、見詰め合う二人の間でコロナは愕然。
突然の展開にアリィールは口をパクパク。
「アリィール。
今日この日、女王陛下は君に何が起こるか予言していたんだ。 僕は君の旅のお供にと陛下に使わされたもの……
しかし、土砂崩れが原因で…儀式に遅れて…こんな事態になるなんて…ね?」
階段を上がって来た王が剣を大ぶりにクラウス目掛けて振った。
「娘に何をする! 追い出すことが先だっ!!」
潜在的には父親な王が振るった剣をクラウスが左手につけた腕輪で受け止める。
王の剣を振り払い。
アリィールを解き放ち、腰をひねって王へ振り替える瞬間右足で相手の身体を叩きのめすクラウス。
後ろで待機していた村人へ王が寄りかかり・・・ドミノ倒しの用に後ろにいた人々が倒れて行く。
唖然とするアリィールとコロナ。
その様子に「ふふっ」と茶目っ気顔のクラウス。
「さて。 君達二人は、王都を目指すんだ」
クラウスの言葉に二人は沈黙。
「はい。 これお金。 結構入っているからね。」
クラウスはアリィールの手に路銀を握らせる。
「あ…でも無駄遣いは駄目だよ。 今から僕がこの窓の外へ、異空間への道を開くからね。出口はシディール山脈へ繋ぐから。一般道は王が閉鎖するだろうからさ。山を越え西の都を超え遥か先まで…そうしら王都へ着ける。女王陛下にお会いし呪いを解いてもらうんだ。分かったね。僕は囮になる。僕も王都を目指すから…途中で再会出来るだろう」
一通り言うだけ言われ、アリィールは頷く事だけしか出来なかった。
クラウスは落ちていた“ドミニオン王が持っていた剣”をアリィールの腰元に装着してあげた。
「さぁ、お行」
「えっ!?きゃ〜!!」
一瞬のうちに異空間への道を開き、彼女はそこへ押し込まれた…クラウスに。
そして、残されたコロナを見下ろすクラウス。
「コミュイス ロウナード。 お前が姫をお守りするんだよ。腐っても魔道騎士…ましてや君は…ね?」
冷たい瞳で見られコロナはビクリと身体をシャントさせると頷いた。
「クラウス先輩…あなたも一緒に…」
言いかけた言葉を、クラウスが手で制した。
「異空間の扉を閉める人間が必要だろ? そうだ。 君にはこれを預ける」
コロナの首にかけられたのは、『僕はイヌです。名前はコロナ』と書かれた木製で出来た首輪。
「この首輪には暗示がかけられている。 誰もが君を狼では無くイヌだと思ってくれるようにね。もちろんアリィールには分かるようにしておいた。 狼は人が畏怖する生き物だからね。 消してこの首輪をはずすのではないよ」
ぶんぶん首を縦に振るコロナ。そして彼も異空間へと旅だったのだ。
残されたクラウス魔道騎士。
ゾンビが徘徊するような動きでフラフラとこちらへ迫り来る村人達。
「さ〜て、暗示が解けるまで怪我する村人は何人かな?」
ニッコリ微笑むクラウスは鞘つきの剣を構え、左手で魔法を発動させる。
満月を背に、クラウスは黒いマントをなびかせ剣を構えた。
今日は東の村 ドミニオンの領主の娘アリィール・テリア・ドミニオンの16回目の誕生祭。
そして、後に王都を揺るがす大惨事を引き起こすプロローグの日でもあったのだ。
封印 「救世主?いいじゃん。やってやる!」
- 子供のころは意地っ張りで我侭で良く幼馴染を困らせた。
なかでも、彼が一番私の事で心悩ませたのは、病弱だった私の身体。
高熱を出して倒れた私を支え、ベットに寝かせ傍で看病してくれた彼。
“泣き虫!のろま!役立たず!”散々あなたをいじめたけれど……。
本当はね、今も昔も感謝している。
大好きよ。コロナ・・・・。 -
闇とは時には必要だ。
静寂と共に訪れるそれは、人の心を沈静化させ、本来の姿へと変えるものだからだ。
目を開き、暗闇を受け入れたアリィールは上体を起こした。
「ベットかな……これ?」
とはいえ、ベットと足元との距離がゼロな事に彼女は首を傾げるのだったが。
暗闇に目が慣れてくる。
「コロナ…あっ、そうか私、化け物と戦った後気を失ったんだわ…。 おそらく私の中に眠る力を発動させたのもあったし…
疲れも出ていたのかな?」
銀毛の狼の傍らに行き、そばに屈むアリィール。
「子供の時も、自分の中に眠る力を押さえきれなくて…しょっちゅう倒れていたものね。 私…」
狼の耳を左手でツマミ、微笑むアリィール。
「本当にコロナなの? あなた…?」
外からの刺激に、目を開くコロナ。
「あ…アリィール? 駄目だよ。 寝てなくちゃ…君、熱にうなされて三日三晩眠ったままで…もうちょっと…大人しく…」
寝ぼけた声の相手にアリィールは顔を引きつらせる。
(ちょっと、待って? 今狼が口を利いたわ)
アリィールは、しばし考えた後に立ちあがった。
用意されていた和物の服に着替え、腰に剣を装着する。
一通り身だしなみを整えた少女は狼コロナを足で蹴り飛ばした。
「コロナ! 起きなさい!! 怪物退治に行くわよ」
目がさめたコロナは混乱。
「ウ……?」
初めて、人間に話掛けるように言葉をブツケラレたコロナはなんと返して良いか分からない。
「人の言葉しゃべりなさい。 さっき寝ぼけて話していたでしょ? 人語」
冷めた相手の言葉にコロナは泣きそうだ。
悪戯がばれた子供のように、焦っている。
「10年ぶりに会う君の前では、ミットモナイ所見せたくなかったんだ。 狼で人語話すなんてメチャクチャだし…なんだか…
その、間抜けっぽいし。 だったら言葉を話さない普通の狼のままで良いかなって」
「私がどれだけ心細かったか…分からなかったの? 気持ちわかるけど…私だってコロナに負けたくなかったし…だけど、あなた馬鹿よ」
見下ろされたコロナは黙ってしまう。
ションボリと頭をたれた狼は何だか滑稽だった。
「もう! 過ぎたことはショウガナイけど☆
とにかく人の言葉を話すあなたを見て確信したわ……。
女神の呪いを解くには女王陛下の力だけではたりない。 やっぱり10の妖精は倒すべきなのよ…。古文書で読んだわ、『魔 法で獣にに変えられた人間は、“人語を話すか話さぬかで呪いの規模が違う。人語を話さぬもの、大いなる交渉で呪いかけ し魔術を解き放て。人語話すもの、契約の下生まれし呪いなり。約束を果たした後、大いなる交渉者の下魔術を解き放て”』
左例より、やる事が多い分、コロナ…あんたに掛けられた呪いは大きいわよ」
急に大人びた雰囲気を漂わせるアリィールにコロナは目が点になって驚き顔。
「アリィール…勉強したんだね。 あんなに勉強嫌いだったのに…古文書の内容まで暗記するくらいだもん。
ビックリしたよ!」
ゴンッ―!
グーで殴られたコロナはドッと涙を流す。
「だーかーら! 勉強したの!! あんたが魔道騎士を目指すなら私は一国の主目指すのよ。 知っているでしょウチの村の別名?」
「“王都の影。村でありながら村で有らず。 都でありながら都で有らず。 女王陛下の盾たる影国…ドミニオン”」
コロナの言葉にアリィールはニッコリと微笑んだ。
出口に向かい歩きだす金髪の少女。
勢い良く、襖を両手で開く。
スッと、前を向きつむぎ出す言葉。
「私はね。 一国の王となる。 コロナにかけられた呪いをささっと解いて…国へ戻るの!
そして、コロナ…あなたは私の騎士として傍にいて」
朝の光りがサッーと、部屋の中に入る。
振り向く少女の金髪の髪は、美しく光り輝いていた。
「そうだね。僕達には目標があるもの。呪いになんてかまけている暇無いよね!」
狼の銀の髪をなびかせ、彼も少女の後について行った。
シディール山の中央に位置する洞窟は、黒の一族の村から歩いて半日掛かる場所にあった。
「あの巫女の話しだと、悪妖精はここにいるのね」
木々の影に隠れ、アリィールは下降に見える強大な洞窟を見て言った。
「アリィール気をつけて!あの 風の怪物は ただの使いでしかないようだから……」
アリィールの足元にコロナが現れ忠告する。
洞窟の入り口には、先ほどのハサミを持った風の怪物ニ体が見張りとしているようだった。
「そうようね。 村人のほとんどがサラワレチャッテ消息も不明。 実際あの洞窟に何体の怪物が巣くっているか分からないし。 うーん。 そうだ☆」
アリィールは自分の耳からピアスを外した。
赤い宝玉で出来たピアス。
「アリィール・テリア・ドミニオンの名にて命じます。 “ギョクリン”出てきなさい」
その言葉に赤い宝玉が液体化、ぷよっ! と音がしたかと思うと、赤球体は人型になった。
『お呼びですかぷ? アリー?』
顔の部分に豆粒のような目と口が現れ、ギョクリンはアリィールに問うた。
「ふふ!こんにちわギョクリン☆ お願いがるんだけど、あの洞窟がどうなっているか偵察して来て欲しいんだ」
ニッコリ微笑む相手にギョクリンはその赤い頬を更に真っ赤にさせた。
『あい!アリーの為ならピュ―と行きます♪』
その言葉のとおり、ギョクリンはその小さな身体を空中に浮かせると、風の速さで洞窟へと移動してしまった。
豆粒のようなギョクリンの姿は怪物に気付かれること無く洞窟へと入って行けたようだ。
「もう! ギョクリンて可愛いんだから♪ アリーの為ならだって」
微笑むアリィールを見上げて、コロナは深ーいため息。
「なんか……アリィールて、王様に似てきてない? 微笑で妖精の心奪うの上手くなったじゃん。
昔は生意気で“可愛くないって”周囲に嫌がられていたくせにさ」
その言葉にアリィールはコロナを睨みつけた。
「ちょっ! お父様と一緒にしないで欲しいわ。 私だって妖精との付き合い方が下手でお母様に言われたのよ。
“まずは感謝する心だって、感謝が表に出ると笑顔になる。まずは微笑を絶やさない少女になりなさい”って!!」
「ああ、そう。それでクラウス先輩とも仲良しなんだね」
銀毛の狼の嫌味っぽい声。
「ちょっ! 何それ!? 私とクラウスお兄ちゃんはそう言う関係じゃないわよ! あんた何誤解してっ……」
言い返す途中、ぴゅ―と戻ってきたギョクリン。
『アリー! アリー! 見てきたよ☆ 洞窟の入り口にカマイタチがニ体、中に入るとまーすぐ〜そして行き止まりで右を行けばモンスター…カマイタイチ3体いるし、そのボスが悪の妖精。 ギョクリンが見たこと無い奴よぅ。 ぷるぷる怖い〜感じ。だけど、左に行くと悪妖精に生気を吸われてグッタリの人間達ね…こっちにはモンスターいないよっ〜』
二人の会話の間に入り、ペラペラ報告するギョクリンだったが不機嫌顔の主人と狼の様子に首を傾げた。
「人が先かモンスターが先か…どうする?」
先に口を開いたのはコロナだった。
(今は言い争いをしている場合じゃないしね。驚いた。僕って嫉妬深いだ・・・気をつけよう)
ひそかに肝に命じているコロナをよそに、アリィールは手に剣を構えた。
「えっ!?」
『アリー!?』
狼と妖精が驚きの声を発したが、のどを鳴らし、目を据わらせる金の髪の少女を誰も止められなかった。
「いいじゃん! やっていやるわよ救世主!! モンスター6体くらい、この剣でパパっと片付けてあげるわっ」
崖を下り、モンスター目掛けて走って行く少女の姿に、唖然とする狼と妖精。
『あなたアリーを怒らせましたね〜!! ぷー! 駄目です駄目です〜。アリーは1度ぷちっと切れると見境無くなるです。
誰も止められないです〜』
ギョクリンは慌てて少女の後をついて行く。
「嘘だろ? 普通隠密に行動するもんだ…て…切れているから見境つかないって…昔より酷くなっていないか?」
狼は崖を走り下り、モンスターと対峙する少女へ声をかける。
「アリィールー! 駄目だっ!! 作戦を練って…」
その言葉にアリィールが振り向き狼を睨みつけた。
「うるさいわよ!黙って見てなさいチョチョイノチョイでやっつけてやるわ」
アリィールは長剣に念を入れると、呪文を唱えた。
「目前たる的に合わせよ!」
剣は2対に分かれ、黄金の光を発した。
アリィールの両手に現れたのは、黄金に光るブーメラン。
「剣をブーメランに変えた?」
コロナが驚きの声を上げる。
「ハイッ--!!」
アリィールが構えの姿勢をし、ブーメランを飛ばした!
ニ体の刃は、襲いかかってくるカマイタチに近づくにつれ強大化していく!
モンスターの身体をそれぞれ真っ二つにしたブーメランは、アリィールの手へ元のサイズになり円をかきながら戻ってきた。
「ふふっ! 行くわよ二人とも!!」
モンスターを倒して上機嫌のアリィールが洞窟へと入っていく。
「ムチャクチャだ・・・」
『ご主人様はムチャクチャです〜だから、あなたが必要なのねコミュイス ロウナード』
呟くコロナの傍で、中へ浮かぶギョクリンが口を開いた。
コロナの複雑な顔にギョクリンは微笑む。
『早く人間の姿になってアリィール様を抱きしめてあげてくださいなのね』
「分かっている!」
コロナはそれだけ言うと、彼女の後を追った。
(強くならなきゃ行けない! もっと強く誰よりも強く!!)
アリィールは武器を手に洞窟の中を走った。
冷たい水滴が上から落ちてくる。
足音がその空間に響いた。
「行き止まりを右にっ!」
走った先に例のモンスターが三体襲いかかってくる!
「行けッ!」
アリィールは武器を中に投げ、左右にいる敵を粉砕する。
戻ってきたブーメランを剣へと戻すと、正面の敵を叩き切った!
消え行く敵に凶器の瞳で微笑む少女。
「ふふっ! 私は負けない…そうよ…コロナが私を疑うなんてありえないっ!!」
正しくそれは、モンスターへのヤツアタリ以外ナニモノデモ無かったのである。
荒い息を整え、悪の親玉を目に姿勢を整えるアリィール。
「なんだ? お前は…我の名はアザゼル。 古来悪魔から受継ぎ名、悪の妖精」
八つの蛇の首、八枚の翼を持つモンスターはアリィールに問う。
「私の名はアリィール自己紹介ありがとうっ!」
アリィールは剣を手に走りだすが……。
ヒュっー―!!
上から落ちてきた岩がアリィールの頭に直撃した。
「なんだ…この人間は…? 勝手に倒れたぞ!?」
八つの蛇がそれぞれ首を傾げた。
「アリィールっ!!」
後から追いついたコロナは倒れている幼馴染の傍に駆け寄った。
「アリィール・・アリィールしっかりして!」
「……。」
コロナの呼びかけに返事の無いアリィール。
「アリィール…アリィール…くそっ! よくもアリィールを!!」
怒りで全身の毛を逆立たせたコロナは、怒りの標的を悪妖精アザゼルへと向けた。
「まだ。 小さい女の子なんだ。 強がって馬鹿ばっかりだけど…一生懸命な……」
赤い炎がコロナの身体を覆う。
真っ赤な炎から現れたのは、銀の髪にダークグレーの瞳の騎士。赤い鎧を身にまとい、巨大な鎌型の剣を右手に持っている。
「おい! お前」
ギロッー! と睨みつけられた悪妖精はたじろいだ。
「この子に指一本触れていないだろうなぁ〜? 洋服ハダケテイルガ何もしていないだろうな?」
ビクリと、身体を振るわせたアザゼルはイキナリ人間の姿になった狼に目を奪われている。
銀の髪も整った顔も、長身の鍛えられた肉体も、とにかく万人を遥かに超えていた。
しかし、それ以上に彼が持つ邪悪なオーラと、鋭い目つきは悪妖精さえ圧倒するモノだったのである。
「俺の嫁さんにする女だ! 妙なことしていたら、輪廻にも加われないように魂ごと粉砕するぜっ!!」
ブルブルと首を横に振るアザゼルに、コミュイス・ロウナードは不敵に笑った。
たくましい腕は剣を構える。
「俺はムシの居所が悪くてな! 普段イイ子チャン演じている分、こういう時に爆発しちゃうんでね。
安心しろ魂までは壊さないぜっ」
ロウナードはスッと息を呑み、目を閉じる。
その瞬間モンスターの後ろへ空間移動を終了。
「死にナッ--!!」
鎌を大ぶりに振るロウナード!
蛇の八つの翼と首が一瞬のうちにバラバラにちぎれて行く。
血しぶきが、辺り一面へ飛んだ。
『……。 あれが…コミュイス ロウナードの真の姿!?』
ギョクリンが血の気のひいた顔で一部始終を見届けたのだが…。
鎌を鞘に戻し、悪妖精の残骸に唾を吐きつけたりしている青年は、アリィールより4歳年上の二十歳。
女王陛下の側近としての称号「薔薇の騎士」を得たが、国へ帰る為、任を退いた男。
誰もが優等生の美少年へとなり、帰ってくることをアタリマエと思っていたが現実は違っていた。
赤いマントをなびかせ、褐色の鎧を身に着けた青年はアリィールを抱き起こす。
「アリィール! アリィール大丈夫!? ねぇ、アリィール!?」
優しい瞳と声で青年は少女へ声をかける。
ふと、頭に出来た少女のタンコブに気付いた青年は治癒の魔法を彼女へ使った。
『あう…魔法も剣の腕も超一流の魔法騎士…ましてや、女王陛下から「薔薇の称号」まで頂いているのに……
根は不良となって帰って来たでしゅ…まずいですよ…まずいです…姫より遥かに性格曲がってます』
混乱する玉の妖精ギョクリンを睨むコロナ。
「おい! プチ弱妖精…お前、俺のことアリィールへチクルなよ。喋ったら魂ごと壊す!」
その言葉にギョクリンは大粒の涙を目に頷いた。
「う…ん…?」
アリィールはコロナの必死の呼びかけに瞳を開いた。
銀の髪、ダークグレーの瞳の美形にアリィールは夢を見ているのかとおぼろげな瞳。
「あ…誰?」
「アリィール、僕だよ…やっと、人間の姿に戻れたんだ」
害の無い優しい微笑みにアリィールは微笑みを返すが、力の使いすぎにマタ意識を失った。
それでも、青年は満足そうに、少女を大事そうに抱きかかえ立ちあがる。
「ギョクリン…巫女と村人を呼んできてくれ。 俺は、反対側にいる村人の救出をする」
妖精に命を下す青年の顔には、既に悪鬼はとりついてはいなかった。
『普段は良い子ちゃんなのでしゅね…怖いでしゅ〜』
ギョクリンはブツブツそう呟きながら、命令通り洞窟を出て村へ向かった。
それから村人を救った救世主達は一週間、黒の一族の厚い持て成しを受けた後、また旅立ったのである……。
前向きな 「旅立ちなのね☆」
「つまりー! 悪妖精残り9体を倒し封印すれば良いのね☆」
アリィールは歩きながら、隣りで歩く白銀の狼に問う。
「うん。 じゃないと、僕は人間の姿に戻れないみたい…あの時は力有る妖精の傍だったから一時的に戻れたみたいで」
ションボリ顔のコロナ。
結局村人を助けているうちにコロナは元の狼の姿に戻ってしまったのだった。
「ふふ! でもビックリしちゃった、結構コロナ…カッコ良く成長してたから……」
微笑む少女の言葉にコロナはニッコリ微笑んだ。
(なんだかチョッピリうれしや……僕クラウス先輩よりカッコ良く見えたかな?)
「でも、頼りなさと泣き虫は相変わらずだけどね」
と、アリィールは意地悪顔。
ガビーンとショックな顔のコロナ……。
「違うんだ…違うんだよ、アリィールぅ〜」
「いい訳したって駄目よ! あんたズーと泣きっぱなしの狼だったんだからね♪」
倒れた自分へ必死に問いかける幼馴染の顔を思い出し、ご機嫌な顔のアリィールは何処かホッとした表情。
(コロナがあの優しいコロナのままで良かった!)
姫の跡を諦めた顔でついて行く獣有りだった。
これは、10の悪妖精を封印する 少女と青年の物語。
二人の様子を、遥か遠くの崖の上で見詰める者あり。
「あれがドミニオンの姫ですかー?
なんだか、男っぽくて色気なしですねー」
長い紫色のソバージュの髪をサイドにまとめた女の子、くりっとした大きな瞳を目的の人物へむけている。
ひらひらのリボンがついた上下ピンクのファッション。
「殺しちゃいましょ! 早く! さっさと! マスター!!」
元気良い少女の言葉に、“マスター”と呼ばれた獣は口を開いた。
「今は駄目だ。時を選ばなければ、意味を無さない。」
黒い狼。
強暴な瞳に、鋭い牙。
黒くまがまがしい気配を纏った主人に少女は不満顔。
「もう! 慎重すぎです〜! つまんない」
ぷくーと、頬を膨らませる相手を無視し、黒の獣は風に言葉を載せた。
「戦争はしかるべきステージで起きるべきさ」
冷たい風に乗った言葉は荒野へと消えた-。
ドミニオンの姫の奇妙な旅はまだまだ続く。
果たして封印の旅なのか?謀略の旅なのか?
一の旅 - 完 -
二の旅へ→
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