Time immemorial

『あやかし退治の裏事情』

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 第五幕 「 拓也、目覚める 」


 もう、俺って最強だよねっ!
 すげ―のよ! 
 とにかく一発で、それぞれの“呼び石”って言うの? あれ破壊出来たし…だいかつやく☆
 超ご機嫌の俺は、もう一度…あの扇子を開いた。
 美しく輝くそれには、俺の達筆な筆字がデカデカと書かれていた。
 「もう…頑張るしかないようなぁ…覚悟決めたし」
 キリッと繭を細める俺の頭を、東条さんが小突いた。
 「ほら、行くよ。 そんな自分で書いたラブレター見てないで」
 言われて頬を染める俺…だって…まぁ、これ見れば何とか頑張れるんだよ…。
 そう思いつつ俺は、ポケットに忍ばせた小さな真珠の玉を三つ手のひらにのせてみた。
 ピンク色にぼんやり輝いている。
 これは最後に破壊した“真珠が散りばめられた等身大の鏡”の一部…その…
 東条さんには内緒で持って来たりしている…何となく気になってさ。
 だって、さっきエメラルドの宝石を壊した時も何も残らなかったのに…何か変だと思ったんだ。
 けど、おそらく『そんな怪しい物は壊しなさい』と東条さんは言うだろうから俺は黙っていた。
 
  
 屋敷の玄関のベルを押すと、メイド服を着た女性が現れた。
 肩まである長い髪、頭にピンク色のレースのカチューシャをつけ、黒いスカートに白いエプロン。
 で、美人である…。
 重い扉を半分だけ開け、メイドさんは不安そうな顔でコチラを見た。
 「あの…どちらさまでしょう? 本日は込み入った事情がありまして、ご主人様はお会いできない状況なのですが…」
 そんなに怯えられても…そこまで怖がるなら防犯装置でもつけてインターホン越しにでも話せば良いのに…。
 とはいえ、この洋館…外壁からみても相当古い…アンティーク上設置したくないとか? 物騒だなぁ。
 「ああ、心配しないで下さい。 俺 鍵坂の者です。 その妖怪退治屋ですよ」
 その俺の言葉に、メイドさんは訝しげ…げっ。
 「彼が言っている事には間違いありませんよ。 申し訳ありません。 私はこう言う者です」
 すかさず、メイドさんに自分の手帳を見せる東条さん。 じょ…女性の顔つきが変わった!?
 その整った瞳で黒い手帳をジックリと見て「本庁の…警察の方ですか…!?」必要以上に慌てたメイドは扉を閉めようとする!
 が、東条さんが恐ろしくもメイドさんの顔に拳銃をむけた…!?
 (何だよ! 何…まじ? 教頭先生も驚くはずだ…警察関係者!? うげ〜怖…東条さん目つきが怖いです…!!)
 て、一般市民に銃向けるか? 普通…。
 青ざめて様子を伺う俺の目の前で刑事ドラマのワンシーンが繰り広げられる。
 「手を上げて、前を向きなさい」
 びびっている言うと通りにする女のポケットや胸元を軽く探り、危険物があるか確認する東条さん。
 女は舌打ちをして「もう少しだったのに…! あの男の財産全てが私の物になった…」とか口にし、東条に言われるまま前へ進んだ。
 ため息をつく東条さんを、玄関に入りながら見る俺。
 その視線に気付く師匠。
 「この人の肩に“あやかし”の気を感じたんですよ…僕は、彼女に他の人の居場所を聞きます…君は右端にある部屋へ向かって下さい。 そこから葵の気を感じますから」
 頷いて俺は、土足で中に入る。
 何がどうなって、メイドさんが悪人で東条さんは職権乱用何かしちゃっているが…そんな事今の俺には関係ない!!
 洋館の長い廊下を走って、右にある部屋を空ける!
 そこは人三十人くらい入るホールだった。
 闇に輝く(俺の背丈2倍はある)女の“あやかし”が葵に近づこうとしていた!!
 どすくらいグリーンの髪、黄金の瞳…だけど、俺が呼び石を壊したからだろうか?
 妖魔は恨めしそうな顔で息荒荒しく…こちらを睨みつける。
 「まじ…こわ…。 て、葵! 葵っ!! 目を覚ませっ」
 構わず、俺は拳に力を入れ、入り口から葵に大声で声をかける。
 その声に葵はピクリとも動かなかった…くそっ!!
 俺は入り口にあった紫色のデカイ壷を勢いで持ち上げ、それを妖魔へブツケル!
 相手が怯んだ隙を狙って、近づいた瞬間左足で化物を蹴り倒し葵を抱き上げ部屋の隅へ逃げるッ…て、これからどうするよっ! それに…葵…息してない…息してないよぅ…。
 「葵っ! おきろっ!!」
 そう叫んだ時だった…俺のポケットから真珠の玉が三つ…淡い光りを伴って現れたのだ。
 「へっ……!?」
 半泣きの俺の前で、玉の一つが葵の胸の中に入って行き、残りの二つの玉は天井に向かって消えた…。
 「たっ…くん…?」
 瞳を開けるのを確認して、俺は彼女を床にソット下ろした…で、涙目で“あやかしのクソババー”を睨む!!
 拳にギュット力を込めて、念じた! 力いっぱい念じてやったさっ!!
 「壊れろ」
 半眼で睨む俺を媒体に、神々しいまでの光りが今までに無いくらいの勢いで生まれる!
 着物の裾がちゅうを舞い、身体が軽くなる…。
 顔から半分の肉塊が落ち、何か恨み事でも呟きかけた妖魔の身体をも飲みこんだ光りは、あれ!? やばっ!
 風を切って扉も壁もガラスも吹き飛ばし、海へ向かって光の光線を作った…。
 遠目からでも分かる、俺が作った光りは海を割り波を作り弾け飛んだ・・・。
 「う…そ…?」
 嘘じゃないから困る…おい…津波とか出来たら…まずいよね…ねぇ…?
 着ている着物はボロボロ、全身汗だくで…でも俺は満足していた…葵を守れた…守れたんだから。
 彼女は息を吹き返し、俺を見ている…。
 「あの子がたっくんに…扇子持たせてくれたのね…“葵を守る”て書いてくれた扇子…」
 右手を俺の額にあて、長いまつげを開き、その大きな瞳で俺を見つめている少女に力いっぱい頷く俺。
 「1年前、おまえ、町の御祭りで“花舞踊した時”…緊張して…泣いていた…だから、お前の扇子に書いてやったんだ…
 あの時はどうかしててさ…あんまり真剣に俺に勉強教えるから…俺の事好きだと思いこんじゃって…恥ずかしい事
 まで…書いて…だけど、お前元気だして最後まで舞えただろう…だから」
 彼女に次に会えたら言わなきゃと思った言葉が出てこない。
 俺は葵を懐に抱いているのに…やっぱ変な言い訳しか出てこなくて…。
 「大好だよ…好きよ…たっくん」
 言葉を余す俺の身体を葵がぎゅっと抱きしめた…。
 (なんだよ、先に俺…俺が言おうと思って…でも、良かった…良かった…)
 「俺も…俺も葵が大好きだ…………!?」
 満足した気分だったのに…ちょっと、待て? 俺の身体の血管がいくつも膨れ上がり、吐き気が…ちょっと、もしかして力の使いすぎっ…!?
 葵を突き飛ばし、立ちあがる俺は目を白黒させて倒れた・・・。
 口から血が吐きでて…マジ…これってバットエンド……?
 「たっくん! たっくん息をして…気をシッカリ持つのっ」
 葵の声が聞こえるけど…駄目だ…瞼がとじ…る・・・。

 ―  リリリィ―ン。
 ―  リリリィ―ン。
 縁側の屋根に飾られた風鈴の音を聞きながら、ユカタ姿の俺はウチワで自分をアオグ。
 夕焼けの赤が、本堂の屋根の遥か上を流れる雲を染めていた。
 (こんな日は、葵に会った時を思い出すな…)
 とか思い出しながら……。
 高校受験シーズンの夏休み…。
 「今日は町一の祭りだから…自由だし…葵先生は夜、即席の壇上で“花舞踊”を皆の前で披露と来たモンだ」
 満足そうに呟く俺の後ろでは、派手な衣装を纏った葵が畳の上で“舞い”の練習をしていた。
 金糸の糸がメインの着物は、いつもの白拍子の服に似ていたが、こっちは奥ゆかしさがあるというか…。
 (ようは綺麗だって…ことで…)
 そう、思って後ろを振り向いた…で、いつも何でもソツ無くコナスあいつの表情が硬いのが分かった。
 (緊張しているのかな?)
 そう思って葵に声を掛けようとしたら目が合った。
 どきりとして、固まっている俺を見、葵は瞳に涙を溜めて「私には無理…」と一言だけ不満を漏らす。
 (緊張するのも無理が無い…だいたい、近所の連中から“ぜひ葵サンに…”と押しつけれた仕事だ。
 町の外からも大勢の人や、テレビ局も来るらしいから…だよなぁ…でも、葵が一生懸命練習していたの俺は知っている)
 俺は何も言わず、彼女の細い手に持つ金紙の扇子を預かった。
 親父の部屋に行き、墨と筆を用意して扇子に達筆な字で葵を励ます言葉を綴る。
 振り向いて俺の様子を伺っていた葵があんまり可愛い顔で微笑むから…俺はとても幸せだって…そう思った。



  
 『終幕』


 海辺の丘に立つ洋館に、数台のパトカーが赤い光りを発して到着していた。
 7月15日 午前零時―。
 玄関の入り口で、その家の主人と白いカチューシャをつけたメイドが、何度も“加持東条警視”に礼の言葉を述べている。
 「あの女は、私のところで働いていたメイドだったのですが…家の金に手をつけたので首にしたのです…が…
 呪われた物を使って…私に復讐するとは…思いもつきませんでした」
 三十代後半の男が眉間にしわを寄せて語る傍で、耳まである黒髪を揺らすメイド。
 「私…はソレを察して、以前お世話になったと聞く鍵坂様へ“お払い”をお願いしたんですが…
 その後、あの女が来て…私まで呪ったんです…」
 俯く二人は、さっきから何度も同じ内容を言っては東条警視に礼を述べる。
 混乱と不安で二人は自分を帰したくないのだろう…内心同情しつつも東条は安心させるように微笑む。
 「そうですね…それは大変でした…ですが警察の事情徴収も済みましたし…もう少しで、ゆっくりお休み頂けますよ。
 私は非番で立ち寄って、たまたま呪われたお二人を助ける鍵坂の手伝いをしただけですから…警察関係の仕事は
 本日はしていませんし…犯人は自首しましたしね」
 そう言って二人の被害者の手を握り「とはいえ、警察はそのような話しは信じません。 怨恨の線の強盗にあった…
 ソレで良いでしょう」そう挨拶を無理矢理締めくくった東条は、その場を離れた。
 階段を急いで下り、下に停めた車に戻る。
 運転席に入り、後ろの席の妹に優しく声をかけた。
 「葵…拓也君…もう、大丈夫かい?」
 「はい。 問題ありません当主様…眠っています」
 黒髪の少女が後ろの席で、拓也を膝に眠らせ答えた。
 「“当主様”はよしてくれ…キョウダイなのに。二人きりの時は兄と…そう呼んでくれないか…?
 君は10歳の時に家を出て割り切ったようだが…僕はそうじゃない。 でなければ、ここに助けに来なかった」
 不満そうに車のエンジンをかける相手に、葵が拓也の髪を撫でながら目に涙をためた。
 「ごめんなさい…私、お兄さんとは、あまりお話出来なかったから…でも、今日は来てくれてありがとう。
 それとゴメンナサイ…私お願いしたの…メチャメチャにしてまって…」
 しゃっくりを上げる妹の声に、兄はため息をついた。
 銀色の車は海岸沿いを風を切って走って行く、遠くに見える水平線上に太陽が少しずつ昇り始めた。
 運転席の窓を開け、潮風に髪をなびかせ、何となく…また窓を締めた東条は口を開いた。
 「あの白猫に、扇子を持たせたのは…葵、君だろ? 
 僕達は動物の心を操るなんて朝飯前だ…と、何かお腹が減ったね…コンビニで何か買って食べようか?」
 責めるように聞いてしまい、つい“出過ぎた事を聞いたか?”と反省した東条は話をそらした。
 「……。 私…拓也の事だけは誰にも譲れないって…そう思ったから…だから、猫にお願いしました…
 私の元に来てくれるように仕向けたんです拓也を…私を守るって言わせたかった。
 昔…下級生の女の子二人に、“鍵坂拓也は忘れろ”と言われ、悩みました…だけど、その場に拓也はいて…
 階段から落ちたんです。 酷い怪我でした。 でも、可笑しいんですよ…“駄目人間”とまで拓也の事を言った女の子が拓也を泣きながら心配してたんです。 その時“ああ、この子も私と同じで拓也が好きなんだって…だから私と拓也を引き離そうとしたんだ”て…そう気付いたら、私…何が合っても拓也の事は譲らないって…」
 幼馴染を抱きしめて、肩を振るわせる少女…。
 そんな妹の姿をバックミラー越しにみた東条は、長い1日を思い出しため息をついた―。 
 (何はともあれ両思いになったんだ…良かったじゃないか)
 と、自分に言い聞かせて―。


 同日 午前10時―。
 鍵坂家の居間では、璃子以外の全員が集まっていた。
 普段着に戻った残りの二人の学生は、本日は大事を取って休み、それに大切な査定結果も聞かねばならないからだった。
 「鍵坂拓也君の当主引継ぎを承認させていただきます」
 客用の湯のみを手に正座した東の当主 加持 東条(かじ とうじょう)は査定結果を口にする。
 葵を含めた全員が、机に両手を預け安堵の声を上げた。
 母の皐月は続けて拍手して笑顔だ。
 その様子に隣りに座っていた拓也の頭を撫でつつ、にっこり微笑む東条。
 「ですが拓也君には月一で有る“僕のあやかし退治”の手伝いをして、仕事の勉強するのが条件です」
 その言葉に拓也の祖父と母はスンナリ認める姿勢を見せたが、父親は冷たい視線を東条に向ける。
 東条と真正面に座った彼は腕を組み、見下ろす瞳は喧嘩を売るアレと同じだ。
 「そこまで、気を使わないで頂かなくて結構ですよ。 私が“あやかし退治の方法”を息子に教えますから。なぁ、拓也?」
 言葉の最後には無理に作った笑顔を息子に見せる鍵坂 西勝。が――。
 「えっ!? イヤだよ…父さん教え方下手じゃん」
 自分の“理解力の無さを棚に上げた”拓也は拒否宣言。
 その様子に東条はニヤリ―。
 (散々貧乏くじを引いたんだから…助手の1人でも貰わないとね。 拓魅さんと可愛い妹を取られた分の仕返しは西勝にしておかねば)
 と、以外に腹黒い東条を「師匠! よろしくお願いします」とか調子よく隣りで目をキラキラさせて言う拓也。
 葵と両思いになれたのと、東条と葵が兄妹だと知り未来の西の当主様はご機嫌だ。
 「拓也君。 そう言えば教頭先生から宿題出されたんじゃなかったけ?」
 内心呆れてすまして言う師匠に、顔を青ざめた拓也。
 彼は、東条の隣りにいた葵の傍により、彼女の手を取って立ちあがらせた。
 「た…たっくん?」
 「彼氏のピンチだ。 一緒に宿題をやろう!」
 葵が反論する間もなく、その場から逃げて行くカップルだった……。
 取り残された皆はあっけに取られて……しばらく誰も何も言わず、無言でお茶をすすった。

                                                  あやかし退治の裏事情   完