Time immemorial

『あやかし退治の裏事情』


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第四幕 「 葵 」


 初めて出会った時、可愛い妖精が現れたと思った。
 あの子の、純粋で汚れが無い瞳を大切にしたい。
 私の心を無邪気に受け入れてくれた…アノ人を守りたいと…。
 たくさんの思いをアノ人に伝えたけど、言葉だけは伝えられ無かった…
 どんなに後ろ向きになったて、結局前を見ようとするアナタの姿は変わらない。
 頑張って…大好きよ…たっくん。

  
 入り口から向かって北へ三面の壁、そこには白塗りにガラス張りの扉がそれぞれにあった。
 大人1人易々と出られるその先々から見える光景は、荒れ狂う海。
 洋風の作りをした部屋は重く静かな物だった。
 その中心にいるのは、妖艶な笑みを浮かべる美しい妖魔。
 黒が入り混じる緑の髪をなびかせ、金色の光りの先にある豹を思わせる鋭い瞳。
 美しい姿態には床まで届く黒い胸元が開いたドレス。
 『弱弱しいねぇ…人間の女子(おなご)如きが私を倒せると思ったのかえ?』
 見下す妖魔の瞳は勝ち誇っている。
 (初心者相手の調伏だと思って…甘く見ていたわ…。
 東条さんが“判断したかった要素”はキット…潜在的な力…破壊力…私には乏しいもの…)
 査定官の言葉に動揺し、急ぎその場に向かったのが間違いだったと葵は額に汗を浮かべた。
 いつもの調伏用の服では無く、白と赤の巫女装束。
 これでは、発揮出来る力の半分は削がれたと言っても良いからだ。
 「“東は西の守人を守り、癒しの力と心の境目を渡るもの…西は破壊と調伏を得るもの、東と西…破邪の対”
 封魔の力はあれど、結局はそう言う事…だけど、私はあの人を守る為にいる!」
 桃色の唇から流れる繊細な言葉、それは葵の決意、戦う強い意思。
 片足を膝つき、両手を手刀として流れる黒髪を掬う。
 「刃! 結界!!」
 瞬間! 葵の切り離された、美しい黒い髪の先が鋭い黒い針として対魔を中心に五本の地点へと飛ぶ。
 『!?』
 眉間にしわを寄せる妖魔に五芒星の赤い光りの柱が生まれ封じの呪とした。
 「剣魔発生」
 静かに葵は瞳を閉じ、目の前に光り輝く無数の短剣を具現化! 次々に妖魔へ向けて飛ばす!!
 少女は胸の前に両手で印を結び、ゆっくりと瞼を開けて悲鳴をあげる女妖魔を見据え五芒星へと呪文を送る。
 「封じよ!!」
 眩暈と吐き気に襲われるのを耐え、赤い光りの柱に飲まれて行く妖魔を見つめながら葵は心から安堵する…。
 (後、もう少しよ…もう少しで封じられ…!?)
 その時、後頭部から来た激しいショックに意識を失う葵…。
 「封じられては困るのよ…あなたには、妖魔の餌になってもらうわ。 巫女さん」
 黒いスカートをなびかせ、両手で持った花瓶を手に女は微笑んだ―。
   
   
 目的地へ着き拓也は息を飲んだ。
 移動時間は車を飛ばして1時間、雨は止み雲間から三日月が覗いていた。
 携帯の時計を見ると、午後8時―。
 「東条さん…俺、霊視出来るようになったみたいです…丘沿いに立つあの屋敷に…透明な大蛇がトグロ巻いてます!」
 手を振るわせながら、洋館を指差す茶色の髪の少年に(そりゃ、そのくらいは分かってもらえないと困るんだがな)という内心は悟られないよう東条は涼しげな微笑を拓也へ向けた。
 「大丈夫。良くあることだよ…ほら、あの屋敷を中心に3方向から黒い光りが走っているのが分かるだろう?
 アレが、大蛇を呼び寄せているんだ…だから、まずはアノ三つの呼び石を壊さないとね」
 “何でもないことなんだよ”というニュアンスを伴った東条の言葉に少年は大きな瞳を見開き納得したように頷く。
 やる気を出した“次期西の当主”に東条は、少年の手に握る扇子を目に(結局葵を守る気にさせたのは葵自身か…あれは恋文とでも言うのかな)とため息をついた。
 丘の上の屋敷に続く階段は一つ、その通り道を途中外れ、右沿いの石盛を上がって行く二人。
 途中、庭に出た先にあった“クリスタルで出来た女神の像”を発見する。
 ソバージュに豊満な裸体の女神は胸に両の手をあて微笑んでいるが、黒い靄のような光りを出す様子は大蛇を呼び寄せる物である事は明白だった。
 「さて、拓也君…」
 東条が、白に緑の刺繍が入った戦着を着る少年の肩を支えた。
 拓也は自分の両肩に乗る大きな手が、目の前にいる敵に集中させるモノであると無意識に理解。
 「そう、分かるね。 身体にまとって来る精霊を感じるだろ?」
 少年の身体に金色の淡い光が纏った。
 茶色の一本一本の髪が宙を舞う。
 「さぁ、呪文も何もいらない。 純粋に念じてごらん“壊れろ”と…」
 拓也は素直に口にした『こ・わ・れ・ろ』と…。
 瞬間、クリスタルで出来た女神の像は、淡い金色の光を放出し激しい音を伴い崩れ散った。
 驚く拓也の肩をポンと東条は叩いた。
 振り向く少年に、質の良い紺のスーツを着こなした男は微笑んで見せる。
 「十分な才能だ。 後、二つ壊してみようか?」
 その言葉に、瞳に自信を伴えた少年は大きく頷くのだった―。


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