Time immemorial

『あやかし退治の裏事情』

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第ニ幕 「反抗」


 (暑い…汗かく〜あぅ〜今日も学校だぁ…)
 俺は枕元で鳴る携帯電話のアラームで目を覚ました…。
 布団にくるまったまま寝ていたんだから、今の猛暑じゃ…朝だって暑いだろゥ…て、馬鹿か俺…。
 「…… なんで、あんな夢見るんだ…すげ〜昔の事だしっ! あの後救急車が来て、俺病院に連れて行かれたんだよなぁ…」
 思い出し、しだいにションボリして行く俺。
 父さんも母さんもじーちゃんも皆毎日見舞いに来て、そんで、俺は病院のベットの中で…ズットふて腐れていた。
 病室の中で、父さんが来る度俺に言うんだ。
 『拓也すまなかった。 お前の意見も聞かず勝手な事を決めて…。だが分かって欲しい…父さんはお前を失いたくないんだ。
 あんな暴力まで振るって…本当に…ごめんな』
 毎日毎日俺に謝りに来る父さんが情けなくて、自分の力の無さに悔しくて…ある日、父さんに俺は言った。
 「もういい。 僕は、妖怪退治なんてやらない。 葵ちゃんがやれば良いんだ」
 そう言った時の父さんの顔は忘れられない。
 厳しいけど、カッコ良かった父さん…じゃ、無かった。
 心の底から安堵して、瞳に涙を溜めていた父親が、現実の姿だった。
 「あの顔みたら俺は何も言えなくなって…なおさら自分が情けなくて…馬鹿過ぎて嫌になったんだ」
 ―5歳の時から、術の手ほどきを父さんから受けた。それから九字を切り、風を操る動作まで五年の努力を要した俺。
 ―鍵坂家に来た時から術を完璧に操り、我家の妖怪退治業の手伝いを始めた葵…。
 (俺は、二度と地道な努力なんてしない…結局は天才が勝つんだ…。 それなのに…昨日のはなんだよっ!)
 襖を開け、外に出る。全て忘れようと、顔でも洗おうと思ったんだけど…あれ?
 廊下にある窓越しに…朝靄の中、手入れされた松ノ木の間に人がいるのが見える。
 歳は20代後半くらい。180センチの巨体に…縁無しメガネ、何と言うか父さんやじーちゃんみたいな“男クサイ”イメージが無い。どう言ったら良いのかなぁ? どちらかというと、“上品だけど頼り甲斐の有りそうな”感じ?
 その見知らぬ人は、本堂の方を見上げていた。 ウチの客だろうか? それとも、ウチを神社として勘違いした参り客だろうか?
 「おはようございます! どのような御用でしょうか? 」
 俺は扉を開けて、外にいる男性に声を掛けた。
 高そうなスーツに身を固めた男は、こちらを見た。涼しげな笑顔を返してくる。
 俺もツラレテ微笑んだ。で、何となく思ったんだけど、
 「あの…どこかで、お会いしましたか?」
 失礼にも聞いてしまった…誰かに似ているというか、会った事があるというかぁ…?
 その問いに男は、何も言わず朝靄の中に溶ける様に消えた…? えええっ!? ぎょえー!?なんじゃそりゃっつ!


 あれから顔を何度も洗って…それから俺は台所に向かった。
 さっきの廊下の前は窓を見ないでダッシュ! 走れ! 走れっー!! 
 (忘れよう! あれは見ちゃいけないモノだったんだ…うん。 チョ―こわっ!)
 父さんとじーちゃんが聞いたら“嫌な顔をしそうな事 ”を俺は思う。
 (「あやかし退治を生業とした家族が何を弱気な事を言うんじゃ! 気を引き締め!」とかじーちゃんに言われそう。 だ〜!
 “幽霊妖怪なんでもゴザレ”な、あの二人と俺を一緒にする事自体間違っている…)
 「だいたい…幽霊なんて久しぶりだよなぁ…ガキの時は腐るほど霊視すれば見えたけど…父さんに顔ひっぱたかれてから
 全然見えなくなってたし…て、いうか見る気も無くなっていたけど…ははっ」
 独り言を言いつつ、台所の近くまで来ると、味噌汁や魚の煮た臭いがしてくる。
 (腹減った〜昨日は散々だったし〜。 でも、あれだけ嫌がっておけば、二人とも無理強いはしないだろう♪)
 あの事件以後、父さんもじーちゃんも俺に“無理に何かさせる事”は言わなくなった。だから、俺はそれに甘えている。
 (今の世の中、努力だけが全てじゃない。 適当にやって行けば何とか…なる)
 台所に入った俺は思考を停止させた、目の前に割烹着を着た葵がいたからだ。
 「おはよう! たっくん。今日は、煮魚にほうれん草のお味噌汁だよ♪」
 長くキラキラした髪を後ろに束ね、涼しげな笑顔を返してくる。
 それに俺は顔を引きつらせた…いいかげんにしてくれないだろうか?
 この半年近く、俺は葵の事を避けてきた…すっごい避けて来たのに…こいつは性懲りも無く毎日笑顔を俺に向ける。
 (朝ッぱらから、可愛い笑顔振り撒くな〜!“あほ”っかお前? いいかげん俺みたいな駄目人間に愛想振り撒いてんじゃねーよ。
 さっさと自分の幸せ見つけて、この家から出て行けってんの)
 と、心の叫びを抑えつつ、何故か頬も染まった俺…で、変な事に気付いた。
 (“涼しげな笑顔?”はて?…さっき見たような…これと、そっくりなの…)
 で、しばらく考えた後俺は、「お兄ちゃん。 おはよう♪」と言う璃子の笑顔で全てを忘れた♪
 「あら、拓ちゃん昨日はお疲れ様ね。 大変だろうけど頑張るのよ。 たった1日だけだから」
 そんで、妹の後ろで味噌汁をお椀によそっている、同じく割烹着姿の母さんが、そう言ってくる。
 俺は、俯いたまま、机に並べるように人数分の箸を璃子から預かりつつ…答えた。
 「その話だけど…俺には無理だよ…本家からのテストなんて…まともに術も使えないんだぜ」
 罰が悪そうに言う俺に、璃子がポニーテールを揺らしながら拳を握る。
 「大丈夫だよっ! ようは本家の人に“術を操るだけの力がある”事を見せつければ良いんだもん☆
 じーちゃん言ってたよ“拓也はノーコンだが法力の源は凄い”って♪」
 て、璃子〜お前人事だから…そんな事言えるんだよ…。
 「ごめんなさい…たっくん。あの…本家の方から連絡が入ったのが急で…私も簡単に事が済むように知り合いに
 手を回してもらったから…」
 て、目の前で葵がスマナソウにデカイ瞳で俺を見ている。
 「拓也ちゃん。我家は“あやかし退治を生業とした本家から”土地を預けられ、仕事を紹介してもらって生活できているのよ。
 何も将来をかけて妖怪退治をしろというわけじゃないの♪ 頑張ってくれるわよね」
 ほんわかした声なのに、どっか脅迫めいているぞ母さん…。
 葵に璃子に母さん皆揃って俺をジーと見つめている……見つめている!
 (忘れていた…我家の男連中は俺に甘いが、この女3人は別だった! だいたい葵だって…あれから「ごめんなさい。私がたっくんの仕事奪ってしまって」とか言いつつ、チャッカリ家の一員になっているし。 それに、女同士でグルになって強制的に俺に何かやらせる時は普通に“脅迫者1”に入っているぞっ…)
 くそっ! 俺は騙されない…騙されないからな…。
 「そんな目で3人揃って見るなっっーー! 馬鹿ヤロー!!」
 俺は持っていた箸を床に叩きつけ、台所から逃げると自分の部屋に行き制服に着替え、学生かばんを持つと、家を走って出て行った。 
 (とほほっ…俺、情けなさすぎじゃん)


 家から歩いて10分くらいで着く場所に、俺が通っている高校がある。
 何を隠そう、家から一番近いこの学校、県立だが、レベルもそこそこ高い。
 (あの時は馬鹿みたいに勉強したからなぁ…本当…へっ)
 少々昔を思い出しかけたが、俺は首をぶんぶん振って全てを忘れた。あれは、過去の事だ…忘れてやるっ!

 教室まで移動して、自分の席に着くと、女の子が2人俺の席に来た。
 「おはよう! 拓也っち☆ 何? その白のTシャツ〜“日本男児”とか筆文字で書いてあるし…似合わな〜い」
 「拓也ちん 今日はどうしたの? 何か顔色悪いよ〜」
 隣りのクラスの女子、二人とも可愛い系の奴らだ。うちのクラスでも、こいつらに目をつけている奴は多い。
 その言葉に、俺は机に抱きついて答える。
 「うが〜。 俺、昨日、親と喧嘩してさぁ〜。 朝飯食い損なったんだよ…小遣い妹の誕生日プレゼントで使い切っちゃったし」
 そうなんだよ。弁当は持って来そこねるし、最悪だぁ〜!
 その俺の様子に二人は、ニコっと微笑んで、それぞれ自分達のバックからパンだとか菓子だとかを沢山目の前に出した。
 「はいあげる♪」
 「食べなよ」
 およっ?俺は目をメチャクチャ潤ませると笑顔全快だっ!
 「なに? マジいいのっ!? お前ら超イイ奴っ」
 感動して飯食う俺を、二人は『可愛い』だとか『小動物系だよね』とか…何か微妙に嬉しくない事を言っているが…この際だ気にしない♪ ガツガツ食う俺を、遠目で見ている女の子達もニコニコ微笑んでいるが…。
 「じゃあね♪ またね、拓也っち☆」
 「今度また3人で映画観に行こうね♪」
 そう言って、予鈴の鐘が鳴る中、女の子二人は自分達のクラスに戻って行った。
 それで、しばらくするとクラスの男子が3人来て、貰ったお菓子を一緒になって食べ始める。
 「こらっ! お前ら〜“頂戴”くらい言えよなぁ〜」
 睨みつける俺の言葉に、男3人が『お前の物じゃなかったろ〜』と声を揃えて言った。
 「だいたい鍵坂はズッケーよ。 その顔で人生の“男がしなくてはいけない苦労”の一部は賄えているはずだ」
 と、結構体格がよく、喧嘩が強そうなのがタカシ。昨日自転車で送ってくれた奴。
 「女の子みたいな顔して、世間話とお世辞が上手いから女受けがいい」
 うんで、この“ひがみっぽい”のがミチタカ…女好き〜。
 「いいや。違う。こいつの場合は、話が面白い上に、害が無いように見えるから女共は安心してショッピングだとか映画とかに
 誘ってくるんだ…ちなみに、片思い同士の橋渡しが上手いからな。女が仲良くしたがるんだ」
 この冷静に俺という存在を分析しているのが、学年一の秀才フジサワだ。
 そうなのである。俺って、何か“警戒されない系”らしく、適当に話を合わせていると女の子達は喜ぶし。
 で、それを知っている男共は俺から女の子達の情報を知りたがるから、俺の交友関係は益々広がって行く。
 それでもって、自然と誰と誰が気が合って、両思いか分かっちゃうから(特にハリキッテやっている訳じゃないけどね)恋の橋渡しなんぞもしちまう。
 (家が神社だって事が広まってからは“生きたご縁様”とかも言われているみたいだし…)
 「だからって何だよ…俺から言わせればお前らの方が羨ましいよ。 タカシは運動神経抜群で、1年なのにバスケ部でレギュラー入りじゃん。今年は“良い線までいけるかも”て、お前の先輩言ってたぞ〜。ミチタカは、『ロボットコンテスト』で先生方の手伝いしてたろう…お前が見学に行きたがっていた大学連れて行くってさ・・・保健室のモトコ先生の話。フジサワは、その“秀才ぶり”にNのアリサちゃん達がキャーキャー言ってた…俺なんか“気に入られている”だけで、女の子から告られた事無いのにぃ…
 あっ、男はいたか…私服姿の俺を女と勘違いしたんだよ。たしか〜」
 “こいつらに、自分達がいかに俺より幸せか分かってもらおう”として言うだけ言って俺はガックリ来た。
 (俺って惨めじゃん!)
 うんで、何となく前を見たら男3人揃って、潤んだ瞳で俺を見ている…なんだよ…気持ち悪いな。
 「拓也〜良くぞ俺達の知らない素敵な話をっ! お前は良い友じゃっ」
 あ〜? 何か3人揃ってうれし泣きしているし…その分だと本当に知らなかったのかよ。“良い噂”というのは当事者の所までにはナカナカ届かないものらしい。
 (何かムカツク……)
 内面はミチタカ以上に“ひがみっぽい”俺は内心すねていた・・・。
 そんな中、授業の鐘と共に、先生が教室に入ってきた。


 退屈な授業。
 (と、言うか…言っている事の半分も分からないんだよなぁ…ははっ)
 それでも、勉強する気が無くても、俺は真面目に出ている。
 これだけは譲れない。
 この学校に入るのに物凄く勉強し、苦労もし、失恋もしたからだった。
 (あんなに大変な思いをしたのに、もったいなくて欠席なんて出来るか!)
 と、何人かの友達に言ったこともあったが、皆「変わっているね〜」の返答だった。
 今から軽く1年前の話。
 俺は中学生で“受験シーズン到来を目前”としてたが…三者面談による『今の成績では進学さえ危うい』との先生の言葉に、焦りを感じつつ母さんと帰宅となった。
 玄関を開け、中に入った俺は深〜ため息…。
 「拓也ちゃん。 母さんは、拓也ちゃんが高校受からなくても“仕方が無いかなぁ”と思うのよ。そりゃ、頑張って欲しいけど、体裁が悪いのもチョットは嫌だけど、我家は一応神社だから…近所付き合いをキチンと出来れば良いと思うの。その点は拓也ちゃんは問題無いしね。それで葵ちゃんと結婚してもらえれば素敵だわ☆」
 余所行きの服を着て上品に微笑む母さん。
 言っている事は、『今時そんな事言う親がいるのか!?』と、言いたくなるモノだが、彼女は本気だ。
 気立てがよく、心根が優しい葵を誰よりも気に入っている。
 大怪我して以来、俺と葵は『あの事件』の事はタブーにしつつも、まぁ“璃子を間に入れつつ”上手くやってきた。
 “凄く仲良くも無ければ、無関心な仲でも無い”
 (とはいえ…)
 「あのなぁ〜母さん。 葵みたいに勉強の成績だって良くて、美人で可愛い奴が…俺の事なんて何とも思うはずないだろう?
 いいかげん、その話は無しにしてくれよ 」
 その言葉に、スリッパを履きつつ廊下に上がった母さんは、振り向きニッコリ微笑んだ。
 「分かっていないのね、お前は♪ でも、葵ちゃんに見捨てられないように“頑張ること”は大事かしらね」
 なんだ、その微笑は…気味悪〜。
 母さんが自室に戻る中、軽く喉が乾いた俺は台所へ向かった。
 (やっぱり、遊ぶためにも高校には行きたい…でもなぁ〜。1年から進学モードで真面目に勉強して来た奴らと違って、俺は勉強は二の次…今更3年分の勉強なんて…ムリ!)
 超ブルーの中、台所入って直ぐ右にある冷蔵庫からペットボトルを取り出す俺、ジュースを飲みながら扉を閉めた先に葵がいた。
 「お帰り、たっくん。 今ケーキ出来たところ♪ 食べる?」
 中央の机の上で、ケーキの周りに、ヘラでホワイトクリームを撫でつけながら葵が言った。
 割烹着姿が似合う葵…こいつは特別な調理器具を使わなくても周辺に有る物を代用し何でも手際良く造るから凄い。
 「まじっ!? センキュー」
 俺はヘラッと微笑み、ボトルを机に置くと椅子に座り葵がケーキを取り分けるのを待つ。
 「俺お前が造るケーキ好き♪ そこらに売っているケーキより断然上手いしさぁ」
 これは、お世辞でも何でも無い。実際上手いしね…あれ、でも葵何かその言葉に反応して元気ない。
 ホワイトケーキをホークで刺して、口に運ぶ…うま〜い! だけどなぁ?
 「どうしたよ? 上手いぜ? これも」
 やだなぁ〜寂しそうな顔するなよ…俺までへこむ。
 「ありがとう。 その…この間“コンビニで売っている方が美味しい”て言われて…ちょっと、悲しかったから」
 伏し目がちに話をする葵…誰だよ! ムカツク奴だ!! もしかして…
 「この間から付き合っている陸上のキャプテンかよ!? あいつ何様だっ。 葵そんな顔するなよ…俺の友達に喧嘩と嫌がらせを得意とした奴達がいるからさ、仕返ししてもらうからなっ!」
 喧嘩には全然自信が無い俺は、当たり前の用に“他人の手を汚すこと”を平然と言ってのけた。
 とは言え、俺その手の“からくり”をしかけるのは得意だ。安心して大船に…なんだ、その複雑な顔は…葵?
 「たっくん…お願いだから危険な事はしないでね。 その…先輩とは別れたの…“忘れたい人”がいたから…告白されて付き合ってみただけだったし。でも、分かっちゃった。“どんなに心を込めても伝わらない思いもあるんだ”て事…」
 泣きそうな葵…ばかっ!
 「泣くなッ! このケーキは上手い!! コンビニ何かとは比べ物にもならないぞっ! だいたいお前は、俺みたいに進学で悩んでいる馬鹿より十分成績も良いし、男にモテルだろ! それだけでも幸せだっ」
 そう言って俺は、残りのケーキも丸ごとホークに刺して食べきった。
 (チョット…甘いのが口に広がりすぎて…キツ〜!! でも、葵が笑っているから良いや)
 そんな感じで俺達は久しぶりに二人きりで楽しい会話をした。
 葵の笑顔が可愛い♪ 俺は葵が嬉しければ良いし・・・それで良いんだ♪ でも、まぁ〜気にはなるよな?
 「葵…その、お前の“忘れられない人”て誰よ?」
 あまり興味が無さそうな顔で微笑む俺…。 やっぱり知りたいので警戒はさせまい!
 「え……う〜ん。そうだなぁ…えっと…」
 躊躇いがちな顔で、彼女は俺の瞳をジット見る…なんだよ、そこまで頬染めて語るくらい好きな人なのか…ちょっと、凹む。
 それにしても、葵は黒くて大きい瞳で長い時間かけて俺の事をジット見続けるから、こっちまで照れくさい。
 「えっと、う〜ん…内緒♪ 内緒よ! それより、たっくん勉強私が教えてあげようか? ううぅん! 教える! 私が絶対進学させてみせるから…ねっ! 教えさせて」
 今までに無いくらい、彼女は強引に俺の家庭教師を買って出た。手まで握られて…うがーーー恥ずかしいっつーの!
 「わかったよっ! こっちこそ頼む!! だから手を離せっ」
 そっぽを向き、顔を真っ赤にする俺〜恥ずかしい!
 そんな訳で葵が俺の家庭教師となったのだった。

 葵は俺でも分かるように懇切丁寧に勉強を教えてくれた。
 とは言え、怠けようとする俺には厳しい葵。
 テレビゲームも遊びも駄目、寄り道も駄目、男女の相談相手も駄目…ようは“葵先生”の勉強一色の毎日だった。
 正直「もういい! 高校なんて行かない」と思った時もある。 だけど、一生懸命に教えてくれる葵に、流石にムチャクチャな事も言わず…俺は1年間、どうにか頑張れたのであった。

 ― その次の年の3月。
 大勢の中坊が、高校の入り口の即席掲示板に掲示された“合格者番号一覧”を見ている。
 一喜一憂の場で、俺は、固まっていた。
 そう、ここは合格発表会場だ…。
 冷たい風と、人々の声…入り口からは“入学手続書”を持った親子連れが、嬉しそうな笑顔で出てきている。
 顔面蒼白だった……大本命の高校に落ちたのである。

 家に帰り、お通夜状態の俺、葵を含め家族全員が玄関で待っていてくれたけど…皆…葵…ごめんよ俺落ちた…。
 「落ちた…ごめん」
 ぐったり、玄関先で力無くうなだれる俺へ、家族全員が慰めの言葉をかけてくる。
 「お兄ちゃん! 気にしなくたっていいじゃん☆ 他私立校は3つも受かったんだよ! ちなみにN校は私立でお金も掛かるけど
 近所のアノ高校より断然レベル高いじゃないっ♪」
 金が掛かるから…私立はマズイだろ・・・璃子。
 「私立だって構わないじゃないか。お父さんは拓也が五体満足であれば、それで良いと思っている」
 あ〜。ガキの時“失明寸前・鼓膜破れかける程”怒り任せにひっぱたいたのは誰だっけ?お父様。
 「お母さんは初めに言った通りよ。 行きたくないなら行かなくても良いわよ☆ 葵ちゃんと結婚してくれればね」
 あんたには、それしかないのかぁ〜(脱力)
 「第一志望に落ちたくらいでクヨクヨするな。 情けない」
 へっ! と馬鹿にしたようにじーちゃんが言った…ムカツク…でも確かにそうだ。 なんとか別の高校には受かったわけだし。
 靴を脱ぎ、家族の波をかき分け、俺は皆の後ろで“かける言葉を失っている”葵の前に立った。
 「ごめんな。葵…一緒の高校行けなくなった…推薦合格で先に待っていてくれたのに」
 葵の顔は見れなかった…見たら俺絶対泣いちゃうからさ。

 それから一週間が過ぎた。
 部屋にこもり、たいして飯も食べず、テレビゲームに漫画を読んで毎日を暮らす日々。
 俺はまだ、私立3つのどの高校に通うか決めかねている…と、言うか何処も行きたく無くなっていた。
 (もし本命校に合格できたら“葵に告ろう”と…思っていたのに…)
 本命校よりランク上のN高に合格した時点で、俺はずうずうしくも、そう思っていた。
 布団に転がって、テレビ画面を見て、魂の抜けた状態でガンシューティングゲーム。
 「葵…俺が何も言わないのに…あの高校推薦で入ってたんだし…あんなに一生懸命教えてくれたんだし…俺の事好きになってくれたのかなぁ? とか思っちゃったり…は…あ〜」
 今まで俺は葵と対等になれるものが無かった。
 勉強もスポーツも神通力も……せめて彼女と真正面から向き合えるモノさえあれば……とか思っちゃったんだよ!
 「こんにちは〜郵便です! どなたかいらっしゃいませんか〜?」
 凹んでいる俺の耳に郵便屋のおっチャンの声だ……ふ〜誰もいないらしい…。
 「はいはーい! お疲れ様です」
 俺は廊下に出て、走って玄関に出た。郵便のオジサンがグリーンの上下の服で待っている。
 「こんにちは現金書留があったからね。サインが欲しいんだよ悪いね」
 と、言いつつ…あまり悪びれた様子も無い笑顔の局員。
 サインする俺へ封筒預けた彼は、頭を下げて出て行った。 
 (何だかな…もう、そっとしておいて欲しいぜ!)
 ため息ついて、部屋に戻ろうした時だった。
 いきなり、もう一度玄関の戸が開く。
 「あっ! すいません。 後、他にも届け物あったんだ。 はい、これついで」
 局員のオジサンは、今度は面倒そうに、残りの葉書等も俺の手に握らせて出て行く。
 「面倒ならポストに入れていけば良いだろっ…まったく」
 今度こそ自室へ、で、歩きながら葉書の束を見ていくが…あれ?これ…。
 「俺が落ちた高校のじゃんか……へっ? 嘘!? マジ? 補欠合格通知!」
 俺は飛びあがった後、ガッツポーズをする。
 (まじ? まじ? まじ〜!? 嬉しすぎだっ☆ 補欠だろうが何だろうが合格には変わりないし…嬉しい♪ )
 確か葵、今日は学校で役員の手伝いするとか言ってたなぁ!
 俺は嬉しくなって上着を着て、靴を履くと学校へと向かった。
 (やったぜっ♪ 局員のおじさん素敵なプレゼントありがとうー!)
   
 俺は自転車を出して、猛スピードでペダルを漕いだ!
 曇り空に雨がポツリポツリと降ってきたけど、そんな事は全然問題では無いんだぁ〜!!
 「早く…伝えたいっ!」
 中学校の入り口に着いた俺は自転車を置き、下駄箱にある誰かの(いや〜俺卒業ジャン。だから自分の無いのよ)中靴を履いて走った! 多分別棟にある生徒会室にいるに違いない。
 (もう〜俺にも“青春”とか言う言葉あり!あり!ありっ!! 告白タ-イム♪)
 軽いステップで階段をノンストップで上がりきり、3階の廊下へ一歩を踏み掛けた時だった。
 「葵先輩〜! 私達、葵先輩との時間大事にしたいんです! だから…もう鍵坂先輩の事で悲しまないで下さい!!」
  げっ! この声は葵にベッタリくっついていた下級生の女子の声だ…それに“鍵坂”て俺のことじゃん。
 (不穏な空気〜。確か、あいつ…葵が卒業でいなくなるのに、“俺にバッカリ葵が構う”から拗ねてたんだよなぁ〜)
 どう考えても“俺が今登場してはマズイ雰囲気じゃん…”と思い一歩を踏み止まり、壁際に隠れてみたりする鍵坂拓也であった。
 「そ…そんな、そんなつもりじゃなかったのよ。 楽しくない雰囲気作っていたらごめんね…本当」
 葵のすまなそうに謝る声…。
 (そんな奴ら、真面目に相手にしなければいいのに〜馬鹿だなぁ葵)
 窓の外を何となく見た。雨が本降りになり、雷鳴が蠢いているのが分かる。
 冷たい廊下からはヒンヤリとした空気が流れて来た…。
 「葵先輩を困らせたくて言っている訳じゃ無いんです……だいたい、鍵坂先輩って何なんですか?…卑怯で頭悪くて嫌いです。私…」
 もう1人女子がいたらしい…おいおい…失礼じゃないか、お前ら…否定はしかねるが(汗)
 「そうですよ! 鍵坂先輩って卑怯です。 葵先輩が鍵坂先輩の家でお世話になっているからって、家庭教師までさせて、お弁当まで作らせて……そんなの、卑怯ですよ!」
 その言葉に息が詰まる俺……それは、俺だって葵が“鍵坂家への恩返しだとか、ごまスリだとか”そんな理由で勉強を教えたり、弁当作ってくれたりしていたら嫌だって思ってた。
 (だから、俺はそんな関係が嫌で…家の仕事手伝わせているのも…何か嫌で…でも、俺は葵にちゃっかり勉強も教えてもらったりしたわけだし…)
 喜びが…急に悲しみになった俺…。
 葵はどうやら、あいつらの言葉に返す言葉も無いらしい…当然だよな、傍目から見たら俺って結構悪っぽいようなぁ?
 「そんな困った顔しないで下さいって! 葵先輩が…もう鍵坂先輩に囚われないで欲しいだけで…この間も生徒会長に告白されていたじゃないですか…その…オッケーしたんですよね?」
 葵の“半ば肯定に近そうな無言”に頭真っ白になりかけの俺は、更に追い討ちを掛ける言葉に凍る…えっ? 生徒会長って、あの今回卒業する方だろ? 二枚目で、頭良くて、女子に圧倒的に人気ある漫画みたいな奴! げ〜嘘…まじ?
 「1度だけ…デートする約束はさせられちゃったけど…今はそんな気分じゃないの」
 葵の困った声に、女子二人からチョット刺のありそうだけど(?)歓喜の声が上がった。
 「じゃっ! 良いじゃないですか! 鍵坂先輩の事は忘れて、これからは会長と仲良く楽しい高校生活をすれば! ねっ」
 「鍵坂先輩って、顔は可愛い系だけど性格悪いですもんね♪ 駄目人間より将来有望な人の方がいいですよ」
 おまえら〜…ちょっと待てよ…そこまで、言うか…許さん!
 喜び→悲しみ→混乱→失恋(だって、そうだろう? 葵は生徒会長さんの告白オッケーしてんじゃん)次に来たのは怒りだった。
 「お前らっ! そこまで言うかぁつ! 馬鹿にするのもいい加減にしろっ!」
 怒りの声で叫び、廊下に足を踏み出したが…
 (げっ! 眩しい!! 嘘…!?)
 目の前を雷の光りが覆った。 物凄い落雷の音、光、俺は足を踏み外し…落ちるっ!
 駆けつける葵達の足音の中、俺の身体は中を舞い、階段の下へと落っこちる!
 ガツッ-と、鈍い音…頭…打った? 
 ……それから俺は気を失った。


 「おいっ! 起きろ鍵坂! やばいって」
 誰かの、か細い声が俺の耳に聞こえて来る…うが〜酷い酷すぎる〜昔の夢なんて…なんだ…ほえっ?
 俺は、机にうつ伏せになり、授業中なのに居眠りしていたようだ…。
 目を開け、上半身を起こすと、廊下側の一番後ろの席にいる俺へクラスメイトの視線が集中していた。
 (やば〜……1時間目…裏教の時間ジャン!)
 教卓の方を見ると、紙束を持ったデカイ図体した黒ブチメガネの教頭が俺を睨んでいた。
 このオッサン…実は、裏で学校を牛耳っているって噂があるくらい発言力ある人らしい…保健室のモトコ先生が言っていたっけ
 『鍵坂君! いいこと、教頭先生だけは敵に回さないように気をつけなさいよ!』
 とか何とか…裏教は、俺を鋭い瞳で遠くから見下ろしていた。
 (やばっ!)
 俺は椅子から立ちあがり、何か言い訳をしようとしたが時既に遅し…。
 「鍵坂 拓也。 私は初めて教卓に立った時“授業がツマラナケレバ眠っていても良い。静かに出来れば”とは言った。 だが、
 “私が呼んだ時、30秒以内に返事が出来れば”とも条件も出したがね」
 バンっー!と、黒板を叩く裏教は一言判決を俺に言い渡す…。
 「放課後、職員室に来なさい。 逃げたら、為にならんぞ…お前のな」
 俺の他生徒全員が真っ青な顔になった…あのオッサン元はヤクザか何かじゃ無いか? 裏では、不良生徒達と仲良くやっているとか何とか…噂も聞いたぞ…俺…。
 俺は首を立てに振ることしか出来ねぇ〜はぁぁ〜(脱力)

 放課後-。
 職員室で、裏教に、こってり“お小言”を言われた俺…。
 先生達の視線が集まるな中、『君は、これからの人生をどのように考えているのかね? “なるようになる”とか思っていたら大間違いだ』とか『後で、アアしておけば良かったと思っても、遅いぞ勉強はしておけ』
 だ・と・か結構おせっかいな内容だ。タチが悪いのは、ただ“黙って聞いて終わるもんじゃない”小言である事だった。
 何か一つの説教の間に必ず“俺にも意見を言わせるから”始末が悪い!
 “これからどうする?”とか何とか…ソンな先の事まで考えてはいないし…正直答えて行くウチにウンザリして行く。
 教頭と俺の後ろには先生方の机が向かい合わせで三列ならんでいるが、資料や教科書の間から、先生方や呼ばれて来ている生徒達の小さい笑い声が聞こえて来る…恥ずかった。
 こってり1時間の説教の最後に「明日までに、今日配布したテストのやり直しを提出する事」と宿題まで出されての釈放であった。
 滅多に来ない職員室の入り口を締め、青ざめる俺…。
 (恐るべし…進学校。 俺は、今だかつて、ここまで親身過ぎる説教を聴いたことが無い…だいたい先生って、“PTAだとかのオバさん団体に言いように振りまわされる”のが、ご時世てやつじゃないのか?)
 絶対あの教頭にだけは逆らわない事を決めた俺は、長い廊下をトボトボと歩い行く。
 足取りは重く、気持ちも“おも〜い”…何か昨日からツイテイナイような気もする。
 (家族には“妖怪退治の後継ぎテストを受けるように強要され”朝といい、授業中といい、“昔のリアルな夢”に心身はボロボロ… 最後は“教頭のお小言”で終わりだし……ははっ〜はぅ〜)
 「て、待てよ……何かアノ夢マジ…リアル過ぎないか? あそこまでハッキリクッキリ……すっかり忘れかけていたのに」
 その独り言を合図に、俺の手はドンドン冷たくなってきた。
 その場で壁に寄りかかり、気持ち悪くもなってくる。
 (そうだ…そうだよ…俺は、あの階段から落ちて以来、葵を本気で避けるようになった。 だってアイツは“しかたなく”俺と一緒にいるんだ。 そんなの嫌だ…駄目だし)
 「くそっ!」
  壁に拳を当て、正気を保とうとする俺。だって、何か変なんだ、良く考えて見ると朝から俺は冷たい何かに見張られているような気がして…気をシッカリ持っていないと“その何か冷たい、大きな存在に心をもって行かれそう”な…。
 と、その時だった。
 校舎の裏手から、何か…声が…?
 廊下沿いにある、半開きになっていた資料室行きの扉から中に入り、暗い闇の中に斜めから入る高窓の明かりの元、外へと恐る恐る聞き耳を立てる俺。
 『だからさぁ〜センコーから預かった金があるだろう? ロボットなんたらのさぁ』
 『そんな金ありません! お願いですから…帰してくださいよ〜』
 『ミチタカちゃ〜ん。 嘘は行けないよ』
 『だから…持ってません!』
 げげげぇ〜! ヤッパリ…ダチのミチタカの声じゃん…何今時はやらない不良に“カツアゲ”されかけてるんだよ。
 あんまり…馬鹿過ぎて見捨てたいくらいだ…て、いうか見捨てようかなぁ…うん。
  根性もやる気も無い俺は、廊下に戻ろうと回れ右をしかたけど……
 『意外に、お前強情だなぁっ!』
 その後に殴られた音が一発聞こえた…が…畜生…ムカツク…昨日から嫌な気になってばかりだ。
 『おいっ! こいつ、一発で気失ってるぞ! まっ、いいかぁ…金目の物貰って行こうぜ!』
 まずいっ! 先生呼びに行くとか暇さえないのかうよっ!
 (あ〜もうっ!)
 俺は資料室の扉の鍵を外し、ドアを勢い良く開けた!
 やっぱり…殴られたミチタカがのびている…で、奴を中心に3人の上級生っぽい不良たち。
 で、やっぱり彼らの視線は俺に向いているわけで…最悪…最悪だけど…。
 俺は中履きのまま外へ出て、不良先生方の元へスタスタと歩いて行く。
 「どうも! こんにちは♪」
 ヘラッと笑って見せお辞儀する俺…が、彼らのコチラを睨む姿勢は変わらない。
 「あ〜、申し訳無いんですけど、そいつ俺の友達なんですよねぇ。 見逃してくれません? 良かったら今度、俺の女友達数人紹介しますし♪ 美人から萌系の可愛い子ちゃんまでヨリドリみどりですよ!」
 “お前は何処の呼び込みの兄ちゃんだっ?”みたいな突込みを受けそうな言葉遣いの俺。
 (なんてな、俺の知り合いの女のコ達が…奴らを気に入るかは別だけどね)
 だって、今時はやらない髪の染め方に髪型。 服のセンスは最悪だし。目つきがヤバイ。
 まさかは薬に手を出したりしてないだろうなぁ? て感じよ。
 俺の言葉に両サイドの男達はチョット乗り気な顔だったが、中央にいるボスっぽいのは、その言葉に鼻で笑って返してきた。
 「俺、お前知ってるぜ。 1年の鍵坂だろ? 女みたいな顔して、結構“裏でヤリタイ放題”て言うじゃねぇか?」
 あっ? なんじゃ、そりゃ? 凄い言われようだなぁ、オイ!
 ニッコリ微笑みながら、俺は奴らのリーダーの前へ出た。 
 「でしたら俺を信用していただけますよね? 必ず約束守りますから、こいつ離して上げてくださいよぅ」
 「ふん。 才色兼備の美女を言いように利用しているって話だろ? 俺はお前みたいなクズを信用しない。金を置いて出て行け」
 見下した瞳で、この男は俺に向かって唾を吐いた。
 (あっ? なんじゃ、そりゃ!?)
 ドスッー!
 鈍い音。
 (もう、どうなった構わない! 朝から俺はキレかけ寸前なんだっ! こんな奴にまで好き勝手言われてたまるかぁっ!!)
 先手必勝! 俺は右の拳を奴の心臓目掛けて命中させた。
 相手はこみ上げて来る吐き気に、泡を吐いて仰向けに倒れる。
 「おまえっ!」
 残りの馬鹿は、その様子に暫く放心していたが、右の奴が先に気を取りなおし襲ってきた。
 右腕を大きく振って襲ってくる奴の腹目掛け、俺は両手を握り体当たりする!
 身長差で俺の小さい身体は、握った拳に掛かった反動もろとも奴の腹部を圧迫した。
 仰向けで倒れ、咳きこんで、困惑している相手の上に乗り、奴の首を力いっぱい握る。
 「ひっひぃぃ…」
 男は目に涙を溜めて俺を恐怖の瞳で見た!
 (ふざけんなっ! お前ら! そんな顔してたって許さないからなっ、死ぬほど後悔させてやるっ!!)
 俺は喧嘩は滅法弱いが、弱点を突いた単発攻撃は得意なんだよ! 
 「殺す気かぁっっー!」
 後ろを振り向くと、3人目の男が俺の顔目掛け、拳を振り上げて来る。
 「ぐっ! …………ちくしょう…て…あれ?」
 確かに俺の左目には奴のパンチは深く食い込んだ。 でも、気を失っている時じゃない! 
 右目を開けて、次の相手の攻撃に構えたときだった…3人目の頭を後ろから“どっかから持ってきた木の棒で殴った”のはミチタカだった。
 「ゴ…ごめん…鍵坂…今、携帯でフジサワやタカシに連絡取ったから」
 どうやら目を覚ました友は救助も呼んでくれたらしい。
 目に涙を溜めたミチタカに、俺は「ははっ…お疲れ」とだけ言葉を返した。


 町で一番デカイ病院へ、俺達は例の教頭の車で連れて行かれた。
 2階まで突き抜ける白い壁の天井に、ズラリと横に並ぶ受付カウンター。
 冷たい白い廊下を行き来する患者や先生方…。
 そんな中、先生が受付で対応している間、廊下の隅で、俺はコソコソと母さんに携帯で連絡を入れている。
 携帯で会話をしながらも、唇を切った際に飛び散った血が、自分の白のTシャツにこびりついたのが気になる…。
 「うが〜駄目だよ!父さんに喧嘩して怪我したなんて言わないでッたら…うん。たいした事無いと思うし…えっ? 喧嘩した相手?目さめたら先生達押しのけて逃げて行ったよ。 うん。 面倒な事にはならないって…なんでも“前科持ち”らしくて先生達俺らの言い分全面的に信用してくれたし…えっ? 来れないの!? 嘘〜保険証必要なんだよ…えっ? “とうじょう”て、誰?」
   
 俺と母さんが電話越しに長々と話す中、先生が戻ってきた。
 裏教は俺を黙って見下ろしている…目つき悪い…。 そんな訳で、俺は急いで携帯を切った。
 「すいません。 御迷惑をかけてしまって…何でも、母が来れないんで、親戚の人が来るそうです」
 ペコペコお辞儀する俺…左目の辺りが熱くて重い…つぅか…頭がんがんするんですけどぉ。
 (う〜何で、フジサワらは、よりによって教頭先生を呼んで来るんだよ…さっきまで、俺この人に散々説教されていたんだぜっ!)
 とはいえ、フジサワの『あの先生は、ああ見えても話しの分かる人だし、面倒見いいから頼りになる』の言葉に大人しく
 従った俺だった…担任は一週間前から病気で休みとっているし…しかたないかぁ。
 大病院の待ち受け控え室で、俺は頭ぐらぐらのフラフラで30分近く待った…なんで〜? 俺これでも、救急扱いの病人だと思うんだけど…どうして、もう1人のミチタカは直ぐ検査へ出されて俺は…差別だぁぁ〜。
 「当たり前だ。 辛そうな顔していれば良いものを、ヘラヘラ“大丈夫です”なんて笑っているから後回しにされる。友達を助けたのは立派だがな。無謀なことはするな」
 俺の心を読んだように急に重い言葉を言って来た先生…ごもっともですなぁ〜くらくら・・・。
 椅子に座った状態で頭を抑え、脂汗を流し、息キレ切れの俺…マジ…つら…。
 (て、あれ?)
 頭を抱え、白い床しか見えない俺の視界に、黒い靴(て、これブランド物じゃん高いよ)を履いた足が二つならんだ。
 見上げると、これまた高そうなスーツを着こなした男が立っていた。
 歳は20代後半くらい。180センチの巨体に…縁無しメガネ…彼は涼しげな顔で俺を見下ろしている。
 「あっっ〜! あんた今日、朝うちの本堂前にいた人!!」
 (何で今まで、この人の存在を忘れていたんだ…幽霊じゃなかったんだ…。 て、事はあれ?)
 立ちあがり呆けている俺に、彼はクスリと微笑んだ。
 俺のことはさておき、彼と教頭先生は名刺を交換している。 で、先生はその名刺を見て偉く驚いているようだ。
 「これは、また…何と申し上げて宜しいか…。大変お伝え難い事ですが登校としては、穏便に事をすませるようにしたいのですが…」
 とか困惑した瞳で言っているが、相手の男はニコリと笑みを返す。
 「いえ、今日は非番ですから…そのような用件ではありません。 鍵坂拓也君は親戚の息子さんなんですよ。
 彼の母が迎えに来れないので、僕が来ました」   
 そう言って奴は俺の腕をグッと、掴み微笑んだ…何かうさんくさくないか? この人。
 「君のお母さんから、話しを聞いていると思うけど、僕は“東条”と言います。 さぁ、帰りましょ」
 先生に礼をした東条は、俺をグイグイと引っ張り、外へ連れて行こうとする…て、ちょっと!? まじ変!?
 教頭も、そう思ったのか、俺達に追いつき、鋭い目つきで東条に話しかける。
 「東条さん! 申し訳ありませんが、鍵坂君はこれから治療受ける身です。病院内でお待ち頂けないでしょうか?」
 東条と同じくらいの身長、それ以上にある体格の教頭に、これっぽっちも動じない東条は彼の瞳を見た…。
 「う…」
 うえっ…なんだよ…その鋭すぎる瞳は…教頭…何か瞳が空ろなんですけど…!? 
 「大丈夫です。 僕が拓也君を連れて帰ります。 いいですね」

 そして東条の言葉に、教頭は頭を下げた…て、イテッ! 東条はドンドン俺の腕を引っ張り…外へ出ると、入り口へ横付けしたこりゃまた高そうな外車に俺を押し込む。
 (えっ!? 教頭先生まだ、こっちに頭下げたままだし、て、いうか…あれ、操られているみたいだぁぁ〜)
 ちょっと、待て…確かに母さんは俺に“東条さんが迎えに来る”て言ったけど、俺会ったことも無ければ初めて聞く名前だしやばい雰囲気のような…)
 そうこう混乱している俺をみて、東条はアノ涼しげな笑顔を俺に向ける。
 「さぁ、帰ろうか拓也君」
 そう言って彼は車へ鍵を刺しこみ、エンジンを掛けた…て…俺本当に大丈夫かよっ!?



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