『あやかし退治の裏事情』 |
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(第二幕へ戻る) 第三幕 「決心」 俺達が乗ったシルバーの車が軽快に町中を走っている。 車のことは良く分からないが、町行く学生達が指差して羨ましそうな顔をしているのだから人気車なんだろうぅ・・・。 座り心地よいシートだ…隣りに葵がいて、運転しているのが俺だったら良かったのに…! (なんてノンキに考えてる場合かよ〜。 この車、ウチのより凄くユッタリしていて前に届かないんですけど〜。 我家にそんな金持ち退治屋なんていたかなぁ〜? 親戚だからって父さんの方とは限らないかぁ〜母さんの方? うーん) 額に汗を浮かべながらも、俺は意を決して東条に聞いてみることにした。 「あのっ! イタッ」 首を傾け、声を掛けようとした俺の頭に激痛が走る。 「無理しなくて良いよ。まだ、怪我の治療をしていないんだから…」 俺の痛みに同情するように、前を見つつも東条は瞳を曇らせた。その表情は、何処と無く安心できるもので… でも怪しい人だよなぁ。 急に俺を車に乗せるし…“怪我の治療をしていない”て言う口振りは“東条自身が俺を治療する”とも感じた。 「東条さんは、お医者ですか?」 「君にとっては、そうなるかもね。 まぁ、拓也君の努力しだいだが」 あ〜!? 意味深だ! 意味深だぁ〜やっぱり『あやかし退治業』関連の気がする……もう…出来ることなら関わり合いにナリタクナイガ… ええぃっ! 率直にカンで聞いちゃいましょう!! 俺は痛む頭を抑えながら、運転を続ける東条を見つめた。 「本家から来た“後継ぎ任命テストの査定監”て、あなたの事ですかっ!?」 聞いてしまった…出来ることなら口にもしたくなかった事だが…何か嫌な予感がするんだよ。 事をハッキリさせてオカナイトいけないくらい嫌な予感……。 だいたい、おかしいと思わないか? 昔の夢をリアルに見るなんてさぁ〜いや、どちらかと言えば“誰かが俺の過去を覗いている” そんな“寒い”感じだったしね…。 俺の突っ込みに東条はニコッと微笑んだ…前を向いたままだけど。 で、俺が東条の次の言葉を待っている中、東条は…えっ!? 何スカ? 車のエンジンをふかしスピードを上げ、車のギアを オッ―バートップにして更にアクセルを踏んだぁっぁあぁぁーー!? (ちょっと、待て、ちょと待って…ここは町中です。 ハッキリ言って道は狭いです。 俺の家に向かっているのは分かります。 でも曲がり角が多い道をスピード全快で走ったら人をハネマース!!) もう、俺は瞳に涙を蓄えて椅子にシガミツイタ…あうっち! オバアチャン! 目の前にばあさ―ン!! 東条は目の前の障害物をまるで先を読むかのように次々と避けて行く…風を切る俺達の車! いつのまにか、振り始めた雨が針のようにフロントガラスを突き刺しては液体化して行った! 「着きましたよ拓也君? 大丈夫かなぁ? 拓也…」 我家到着までの所要時間15分。俺の家から病院まで安全運転だったらオソラク1時間は掛かるだろう…恐ろしい…死ぬかと! 彼は自分のと俺のシートベルトを手際良く外した「大丈夫かな? ちょっと、急いでいたからね」とか言いつつ「泣かない泣かない」 と俺の頭を撫でて品の良い笑みをこちらへ向ける。 (何て顔の良い男だ…頼りになりそうな瞳といい…もしや…“葵の思い人”とは東条さん?) そういえば葵“私も簡単に事が済むように知り合いに手を回してもらった”とか言ってたなぁ… それが“東条”て事なんだろう…。 「ふぅ…」 ため息を一つ。だけど、半ば凹みながらも俺は彼へ痛みを堪えつつ笑みを作る。もし葵の思い人なら愛想良くしておかなければ葵に迷惑が掛かるじゃないかってね。 「大丈夫です。えっと…挨拶遅れました。俺 鍵坂拓也といいます。明日の任命テストで査定して頂くんですよね、 東条さんに。その、よろしくお願いします。今日は見苦しい所見せてしまったようで恥ずかしいんですけど」 出来るだけ愛想良くして見せる俺に東条は微笑んだ。 彼は、そのでかい右手をこちらへ向けて来るので、同じように片手を差し出し握手する俺。 (葵と初めて会った時も、こんな風に握手したっけ…) 俺はフトそんな事も思い出していた…そうか東条って誰かに似ていると思っていたら葵と似ているんだなぁ… やっぱりアノ生徒会長とは別れて、もう付き合ってんのかなぁ人? (…だったら顔の表情や雰囲気って恋人同士は似るもんだしね……へこむ…) 「そうだね。君の言ったとおり僕は“西の守り人”として拓也君が相応しいかどうかの判断に本家から使わされた者だよ。 もう一つ伝えづらい事がある…君の言う“査定”は今日の朝から式神を使って行わせてもらっているんだ僕によってね。そう言う気配とかしなかった?」 悪びれた顔をする東条…やっぱり…朝からの妙な“リアルな過去の夢”や、“寒気”はコノ人の式神のせいかよ。 車の外では細く透き通った雨が降り注ぐ。 「はい。気配はしてました。と言っても…はっきりとしたものではありませんでしたけどね…じゃぁ、 俺の過去を見て分かったでしょ? 俺はとんでもなく無力で無知で馬鹿です。正直“西の守り人”とかは良く分かりませんけど…家を継ぐなんて無理ですよ」 あ〜あ言っちゃったよ。 これで鍵坂家は終わりだ…。 愛想良くはしておこうと思ったけど、見られていた事で全部“バレテイルナラ”と開き直ってしまった俺。 もう嫌なんだよ。何もかも終わりにしたい。 俺の俯き眉間にしわを寄せるしぐさに、東条は深いため息をついた。 彼は俺に心底呆れているんだろう…。 「それでも君は“許せないものは許せない”と戦う姿を僕に見せてくれたじゃないか。 “過去を見られていた”と判断できた推理力だって“あやかし退治業”には必要なスキルだよ。 忍耐力だって決して無いわけではない。それでなければ、芽 が出ない事に5年間の間修行出来たかな? 1年間も葵の助けがあったとは言え受験勉強出来た? 他の人と比較して言っているんじゃない、鍵坂拓也が今まで頑張って 生きてきたかで話しているんだ。君は決して無力でも無知でもない…ただ…」 そう言って東条は俺の頭をクシャクシャ撫でた。 「“こうなりたい自分”と本気で向き合う切っ掛けと、君を認めてくれる誰かがいなかっただけじゃないかな」 ……こんなの変だ…当たり前のように、この人は俺を肯定している…何だか酷く嬉しかった。 「それに僕は、鍵坂家から“西の守り人”の役割を剥奪させるために来たわけじゃないしね。 でなければ葵が“本家の使い”として僕を本家へ無理に推薦するわけ無いでしょ。 しかしね本家に“問題ありませんでした”とスンナリ報告出来る状況でも無いんだよ。 君の過去と現状で判断させてもらう。過去においては君の父親の改ざんが大きく影響している事が良く分かったよ」 その言葉に目を見開く俺…何だよ、それ? 東条さんは後ろの席から傘を二つ取り出し、片方を俺へ渡した。 「続きは、あの長い階段を上がりながらでいいかい? 僕は葵が心配でね。ちょっと急いでいるんだ」 それだけ言って外へ出て行く東条さんの後を、慌てて追う俺。 水溜りを弾きながら傘をさす俺は彼の横に並んだ。 いつもの長い階段の両脇から、緑の青臭い臭いが立ち込めてくる。 「あの! 葵に何かあったんですか? それに、東条さん…その、“改ざん”って悪い事ですよね? どういった意味でウチの父が本家に悪い事をしたか分かりませんけど、もし、俺の過去の夢で判断しているなら、それはあくまで夢な訳だし…」 言いかける俺の言葉をさえぎる様に、彼はこちらを厳しい瞳で見下ろしてきた。 「君は夢と判断しているが、僕が君を通して式を使い…見た物は過去の出来事、つまり事実だ。君は陰陽道を主体とする“本家”と“西の鍵坂”の事を知らないだけだよ。僕が東の主として定められたように、君も西の主として役割を担わなければならなかった。君の父の周囲への反は君の名に西を意味する名を言霊として入れなかった時から始まる。 いや…拓魅(たくみ)さんが亡くなった時から始まっていたのかもしれないね」 何か“知らない方が良さそうな鍵坂家の過去”が暴露中なんですけど…。 (“拓魅さん”て…父さんの妹の名前だよな。若いうちに亡くなったって…聞いているけど。確か俺の名前は、そのオバサンに“守ってもらうように”って意味で一字を貰ったって父さんが話してくれた…けど…それがどうしたって…?) 凹む俺の頭をグリグリする東条さん…手、雨で濡れますよ…気を使っているのは分かるんですけど…。 「言霊と言っても分かりズらいかな…名に呪いをかけるとも意味合いが違うし…そうだね。 君のお爺さんと、お父さんの名前は何と言ったかな?」 階段の一歩一歩を踏みしめながら、俺は答えた。 「祖父は“西将(そうしょう)”父さんは“西勝(さいかつ)”…あ…つまり俺の名前に“西”の字が一字も入っていない事を言いたいんですか?」 あ〜式神は漫画とかで分かるよ。紙に何たら呪文をかけて小間使いとかにするんだろう確か? …まさか人の過去まで見れるとは分からなかったけど、それとも東条さんは特別なのかな? この手の事は殆ど勉強してないから今一分からないんだよなぁ…。 (でも、そんな事はどうでもいいんだ。俺の嫌な予感は当たっていた。 葵に何かが起こっている……) 俺は傘を持つ手に力を込める。 「そうだ。 古来言葉には不思議な力が眠っていると言われていてね。 君の家は本家から見て西に位置する場にあるから、西方の神にあやかり西の名を言霊として代々の当主は受け継ぐんだ。 まぁ、北と南はチョッとひねって守護神名を取り入れるケースが常だけど。 つまり、“あやかり”だろうと“縁起を担ぎ”としても、それが通例だった訳。 だが、君の父“西勝”さんは違った…よっぽど、自分のせいで拓魅さんが亡くなったのが許せなかったんだろうね。 つまり“改ざん”とは、表向き資格ある結果を葵に出させ、当主である子に継ぎ名を与えず、家の勤めを果たさせなかった事にある」 うがぁぁぁ〜! そう言う“重い話”は駄目なんですけど…生理的に…とか混乱中の俺に彼はいきなり手帳を渡した。 「僕の祖父の話しによると、大学生だった西勝さんが家出中、代わりに“あやかし退治をしていた” 拓魅さんが事故にあって亡くなったそうだ。 写真は、その手帳の最後にあるよ。拓也君…拓魅さんの顔見た事ないだろ?」 何か東条さん、父さんの事を語る時、妙に言葉に刺があるんですけど…。 (顔〜? うーん。そういやそうだな…) どれ…て、うげっ!? 「これって俺にソックリじゃないですかっ!?」 青ざめて東条さんを見る俺。 別に染めている訳でもないのに、フンワリとした淡い茶色の髪。 白い肌に大きな瞳の、長い髪をツインテールにした少女が、古びた写真の中で微笑んでいる。 いや、俺の方が肌は浅黒いしモチロン短髪だけどさ、頬だって女性らしくプックリしてない〜でも… 気持ちわり〜先祖がえりかよ…。 (どうりで、父さんは俺に暴力ふるって後悔しまくるわ…怪我に煩いし…じーちゃんは何だかんだ言って俺に甘いしな… 何かキモ〜昔の人と俺を同一視されても迷惑だぜ) 「つまり父である西勝さんは、君に拓魅さんと同じ目に遭わせたくなかったんだね」 そこで、俺はある期待を持って東条さんに聞いた! もしかしてってさぁ〜☆ 「じゃぁ、俺の“あやかし退治”の能力が無いのは実は父さんの嘘で、本当は才能ありまくりとかっ!?」 目をきらきらする俺から、今度はチョット呆れた瞳の東条さんは、 さりげなく手帳を俺から預かり大事そうにそれを内ポケットに戻した。 雨がシトシトと降る中、俺達は階段を上がりきる。 「力があるかは、さっき言った通り“現状”で判断します。 それから…君は能力以前に理解力が無いのとノーコンなのは間違いないですね」 がーーーん! いや、マジで…今、俺の頭に上記の効果音が走ったぞ〜! 「めっ、珍しぃ〜誰もいないじゃん」 玄関の鍵を開けて、中に入る俺。 いや、俺ん家って“いつも母さんが家にいるから”誰もいない方が珍しいだよね。 (な…何か本当ヤバイ気がして来た) 額に汗を浮かべる俺。 「僕は、ここで待っている。 皐月さんの話しだとアレが居間に用意してあるとの事だから、急いでソレに着替えてくれないか?」 アレ? ソレ? はて…疑問に思ったが“皐月”とは母さんの名前だし…うえ〜何だろう? 急いで居間へ直行すると、中央の机にタトウ紙で包まれた何かが入っていた…。 (タトウ紙で包んであるもんって言ったら着物だよなぁ、やっぱ) しかもタトウ紙には怪しげな筆字で何やらお経っぽいのが沢山書いてありま〜す! 俺は畳の上で息を飲んだ…中を開くと 仕事に葵が着て行くような平安時代の白拍子風カッコの“男の子バージョン服”とでも 言うのか…確か葵は白地に赤が重視だが俺のはエメラルドグリーンて言うの?? (い・や・だぁぁぁぁー! 何で“いかにもコスプレ”みたいなカッコを……恥ずかしい…) 「て、言っても問答無用なんだろうなぁ…とほほ」 俺は、しぶしぶソレに着替えた。あれだな…烏帽子が無いだけマシかな…うん。 俺はそれに着替えると、玄関で待つ東条さんの元へバタバタ足音を立てながら向かう。 と、その時廊下脇にあった鏡に映った自分を見て不愉快になる俺。 あの不良に殴られた左目の周辺は、切り傷で飛んだ血と紫色になった肌が瞳を開けづらくしている…頬は腫れているし。 (ショウガナイか…男は根性さぁ…とほほ) で、東条さんの前に“あやかし退治ファッション”をお見せした俺ですよ。 「着替えましたよ…何か恥ずかしいですけど…」 その言葉にチョット驚いた顔をして見せる、ポケットに手を入れたままの東条さん。はて? 「いや、一応特殊な物とは言え、着物だからね。着れないかと思ってたけど…感心したよ」 俺は、それには苦笑いで返した。 (だよなぁ〜今時、着物が着れる男子高校生なんて珍しいだろうよ。 誰にも言いたくないが、俺は物心ついた時から以下の三つについては、母さんに上達するまで幾ら時間が掛かっても教えられた。 @着物の着つけ A習字 B近所付き合い 今思わなくとも葵の立派なお婿さんになる為の最低条件である。 しかも、俺ちゃんと着物をたたむ事も出来るんだぜ―! 誰にも言いたくないけどよ) ふっと、“嫌な昔の記憶を思い出す”俺を置いて、東条さんは既に玄関の外へ出ていた。 そして後に着いて行き、玄関の戸に鍵をかける俺の耳に、東条さんの声が後ろから聞こえる。 「ああ、そうだ。 拓也君の怪我治していませんね。 せっかくですから葵との事も思い出してもらいましょ」 (は〜!?) 瞬間!! その言葉に驚き振り向く俺の顔を、デカイ右手で鷲掴みにする東条!? (ちょっ!? なんじゃ? この耳に響くお経みたいの…力が出ない…立ってられないんですけど〜…) 毎度意識を失う俺、東条さんも、さすがに後ろに倒れこむ俺の身体を支えてくれたようだが…もう嫌じゃ…勘弁してくれ。 『いいかげん君は“葵の気持ち”に気付いてもいいと思うよ。 大人のお節介で嫌だけどね』 とか薄れ行く俺の意識に聞こえて来る…もう…皆さん本当に“お節介”だよ〜……。 先が見えない白い壁を見ながら、僕は車沿いに見える光景に、目を白黒させていた。 車で今日は“あやかしたいじの本家?”に来た僕と父さん。 (すっごい大きいお屋敷だ〜! だって、木材で出来た門構えの頭が凄く上にあるもん。 わぁー! 門が自動で開くよっ!) 開いた門の先に車を移動させて停め……外に出た父さんが助手席の扉を開いて僕を抱き上げた。 (いっつも怖い顔しているけど、今日は一段と怖い顔の父さんだっ! カッコイイ!!) 嬉しくてニコニコしている僕に、何故かため息をつく父さん? 「いいか拓也。 お願いだから今日は大人しくしていてくれ…分かったな」 迎えの人に車の鍵を渡した後、父さんは僕を地に下ろして共に手を繋ぎ、大きい庭を歩いた。 それで、青い空の下、僕の家なんか目じゃない大きい屋敷の中へ入り、広い玄関の中で見知らぬオバさんが、僕とお父さんを待っていた。 良く分からないけど、ニコニコ微笑んでいる。 「いらっしゃい鍵坂。 お久しぶりねぇ…あらまぁ、この子が拓也君? 五歳のお誕生日おめでとう。 本家や分家の皆さんが来ているから楽しいわよ。今日はね、拓也君の誕生日を皆でお祝いするの」 うわぁ〜良く見ると綺麗な人だ…でも、父さんの眉間に皺が寄りまくっている…? 「分け合って久しゅうしていました。 本家当主様直々の出迎え痛み入ります。 皆様への挨拶が終われば直ぐに退席となりますのので気遣いは無用であります」 淡々と語る父さんに、“ほんけとうしゅうさま”は艶っぽい瞳でニコニコしている…何か変? それからは、もっと変だった。 連れて行かれた広い部屋には、沢山の机の上にご馳走がいっぱいあった。 それで、見知らぬオジサンや僕くらいの子供達が、皆 僕に『誕生日おめでとう』て言うんだ…東だとか西だとか…北?南? 何か皆良く分からない事を言っては『仲良くしよう』て言うんだ…もう、沢山のご馳走もオモチャもいらないよ!! それに“ほんけとうしゅうさま”以外の女の人は皆黒いローブで顔を隠しているんだ。何か嫌な感じだった!! だから僕は父さんにサッキの“ほんけとうしゅさま”が一生懸命話しかけている間、外へ出ることにした。 扉越しにある白いレースのカーテンの下を潜り、扉をこっそり開ける。 「わぁ〜でっかいプール!!」 外の景色に満足する僕! 青い空色の白鳥型のプールには、近くに植えられたモノから外れた“葵の花びら”がいくつもぷかりぷかりと浮いていた。 「ひゃ〜!」 目を輝かせた僕はプールに飛びこんだ! 水飛沫が幾つも飛んで面白いー♪ 「アノ…た…拓也さん…大丈夫? 溺れてない…?」 (えっ!?) 振り向くと小柄な子が紺色の着物に黒いローブを羽織ってオズオズと僕に話しかけていた。 僕は瞳をキョトーンとさせた後、大きな声で笑う! 「僕溺れているように見える? だって、こんな炎天下だもん水で遊ばなきゃツマンナよ! 君も一緒に遊ぼうっ」 僕は“ローブの子のいる方”のプールの縁に泳いで近づき、傍でおどおどしている子の片手を引っ張った。 「きゃっ…!?」 その子は短く悲鳴を上げたけど、僕が支えてあげると暫く黙っていたが微笑んだ。 微笑んだのが分かったのは、引っ張り込んだ表紙にローブが空を飛んだからなんだけど…うわぁ…可愛い女の子だった。 黒いキラキラした髪に大きな瞳をしていうる…日本人形みたいだよ♪ 「私達重いものを着ているから溺れちゃうわ…拓也さんだって、袴を着ているでしょ?」 笑っているけど、どこか困っている女の子…。 「そう? じゃぁ、外でカケッコする?」 僕は先にプールの外に出て(水から出るのは大変だった…布が水を沢山吸い込んで重いんだもん)女の子も外に連れ出すと、カケッコをして遊んだ。 僕達は楽しくて何時間も遊びまわったよ♪ お日様が西へ傾き始めた頃、僕達は遊びにリタイアして日陰で寝転がる。 「何だかトッテモ気持ちがいいわ…私こんな自由に遊んだのは初めてよ!」 初めて会った時より元気になった女の子に、僕は可笑しくて笑った。 「変なの〜君ってカケッコしたこと無いの? さっきは変な布頭にかけてたしさぁ」 その言葉に、女の子は上半身だけ起こし髪をかきあげながら、僕をジット見下ろした。 「だって本家以外の女の人は…皆“相違い子”として忌み嫌われるから…黒いローブで顔を覆わなくてはいけない仕来たりでしょ? ローブを取れるのは外へ…結婚して外へ出るしかないもの…」 瞳を伏せて悲しげな顔をする女の子。 (なっ!? なんだよソレ…バカッみたいじゃないか!) 「そんなの変だよ! 好きなカッコしていいじゃない…?」 僕の言葉に少女はとても怖い顔で僕を見た…て、こ…怖いよぅ。 「私聞いたわ、私のお婆様もお母様も言ってた。 “あなたは西の名を受継がなかったから巧魅様のように早く黄泉へ行かれるって” 私はあなたみたいに“本家に背いたりしない”死んだりしないわっ!」 (ばっ! バカじゃねーのっコノ子っ!!) 怖さなんて忘れて、僕は女の子の長い髪を引っ張った。 女の子は痛そうに顔をしかめる。 「この家にいる奴皆変だっ! 皆“ほんけとうしゅさま”の事ばかり気にして…変な顔してる。僕は…そんなの嫌だっ!!」 その言葉に、身体を振るわせた女の子は、大粒の涙を…瞳からぽろぽろ流して僕に抱きついた。 「変な子…」 それだけ僕は呟いて、女の子を抱きしめた。 とても長い時間が過ぎたような気がする―。 太陽の光が妙に心地よくて、僕は眠くなってきた。 「私をお嫁に貰ってくれますか? 私も頑張るから…私をアナタのお嫁さんにしてくれる?」 僕の胸に頭を預けていた女の子は、ふと、顔を上げ僕にそう言った。 純粋で真っ直ぐな瞳…意思の強い綺麗な…。 だから僕は、その気持ちを受け入れたくなったんだ。 「……何か良く分からないけど、いいよ。僕、君をお嫁サンに貰うよ…」 その言葉に彼女は安心して、そして微笑んだ。 (ああ、そうだ……) 少女をモット安心させたくて、僕は彼女の額にキスをした。 「ねぇ、君の名前は何て言うのかな? 君は僕の名前を知っていたけど…僕は知らないから」 ちょっと照れて笑う僕に、女の子はクスリと微笑んで、自分の髪についていた葵の花びらを手に取り、それを僕の右手に握らせた。 「加持 葵…忘れないでね」 「うん! 僕忘れないよ。 大きくなったら結婚しよう!!」 そして僕達は何だか可笑しくなって笑ったんだ♪ ―――― で、 俺は“しっかり忘れていた”と…うげ…子供の頃の俺ってマジ純粋過ぎ…。 あの後、 父さん達は行方不明の俺達を探していて大騒ぎしてたんだよなぁ。 後で、着物濡らしてメチャクチャにして叱られたし…。 ―――― 車の心地よい揺れの中、瞳を薄っすらと開ける俺…。 (ああ…あの後、東条さん俺を担いで車に乗せたのかぁ…これが、 “葵の気持ち”て、…俺と結婚したいっていうのが?) 「ばっちり昔の事見ましたよ…東条さんも観たんですか? 俺の…昔の事?」 けだるそうに首を傾ける俺は…何だか力尽きていた…頭痛も無くなったし、左頬の周辺も痛まなくなったけどね… キットこの人が治してくれたんだろう。 ―そうだ。 葵にも、そういう力があった。 はじめて会った…あの日の夜(夢の記憶だと、アレは初めてでは無かったらしいが…) 俺が転んで額を怪我した時、葵も治してくれた。 「観ていないよ。君は“夢”と言う形で式の影響を受けているようだが、僕が見ているのは事実でしかないから。 それに今のは、君の中にある“葵への思いを掘り起こしたもの”だからね。 過去を見て、客観的に君を葵がどう見ているか? それを知って欲しかった」 ハンドルを握りながら、申し訳なさそうに言う東条さんに俺は苦笑い。 「俺が葵から感じたのは“あの本家の仕来たりから逃れたい”という思いです。 あいつと一緒にいる時、俺、いつも楽しいですよ。 だから…あいつが幸せになれる方法も考えてしまう…それを考えると、駄目なんだ…俺では…」 俯く俺…だってそうだ…今だって十分葵は、好きなように好きな形で生きていける。 (鍵坂家だって無くなってしまえばいい…そうすれば葵は本当の意味で自由だ…) そう思ったら俺は、思わぬ言葉を口にしていた。 「東条さん…車止めてください…俺、帰ります。 東条さんなら、俺がいなくても葵を助けられるでしょ?」 自分でも驚くくらい冷ややかな声だった。 本降りの雨の中、次々に景色を変えて行く窓は、やがて緩やかに…見えるモノを映し出して行く… そして車は道路の左端に停車。 オモイ沈黙が続いたが、東条さんが車のハンドルを右手で勢い良く殴る。 クラックションが鳴った。 「はっきり言おう。僕は君と、君の叔母である拓魅さんを重ねてみていた。 彼女には、僕が子供の頃、何度か会った事がある。 明るくて優しい…笑顔の綺麗な人だった。 家族や僕みたいな親戚の子まで慈しんでくれた人だ…あの人はとても人徳のある方だったよ。 これでも家の事で悩んでいた時があったんだ…でも彼女に僕は救われた。 だから僕は君を通して巧魅さんに恩を返したいと思ったんだ」 切なげに俺を見る東条さんにも俺はクールだった。 ああ、やっぱりね。この人も、俺の中に“拓魅さん”を見ていたのか…くだらねー) 結局…何だかんだ言ったって…葵だけだ…俺を真正面から見ていたのは…。 俺は助手席のドアを開き、外へ出る。 (こんなコスプレ姿で歩くのは切ないが、仕方ないよなぁ……) 振り向いて、東条さんの顔を見ないように俯き状態でお辞儀をしようとしたが……??? 「ミッミー!! お前何ついて来てんだよーー」 後ろの席から、ヒョコッとウチの飼い猫が姿を現した…て、何…口に加えてるんだか…? 俺は慌てて白猫を抱き上げ、そして東条さんの鋭い瞳と目があった…がーん。 「君はそれでいいのかい?」 「はい……俺は、葵の為にも必要ないんですよ。仮にアイツが俺の事を昔好きだったとしても、今は違う…そうでしょ?」 意味深に俺は東条さんを見て…涙が出た…カッコ悪い…だから顔を見るのイヤだったんだ…。 着物の裾で、涙を吹いても、刺すような雨が俺の顔を濡らす…。 その様子に、東条さんはハンドルに頭を置く…で、無言でサイドにあった傘を俺に渡した。 「ありがとうございます…その」 「言い訳はいい。 ただ一つ言っておく。 これ以上周囲の大人に甘ったれたこと言うなよ。 葵は僕が連れて帰る…ニ度と君の前には姿を現さないように…正直残念だ。 彼女は、僕が君の家族を遠ざけ、鍵坂家の次期当主に“あやかし退治”をさせる事を知り…その現場に言っている。 僕に逆らい、君の変わりにアレを調伏する為にだ。 あの子がアレを抑えるのは酷く難しいのに…それもこれも君の為なのにな…」 淡々と説明する東条さんは「残念だ」ともう一度言い残し、車にエンジンをかけ行ってしまう…。 で、取り残された俺は傘を広げて、リンゴのチョーカーをつけた飼い猫の頭を撫でた。 「これで良かったんだよな…」 しんみりする俺は…そういえば…と涙目で猫を叱りつける。 この馬鹿猫、口にずっと何か加えてるんだよ…それもしんどそうに…。 「お前何口に加えてるんだよ! いくら何でも辛そうだぞ…そんな固そうなの加えちゃ!」 (紙の束のような…?) 猫の口にある物を、俺は無理矢理奪い取って…て、これ…扇子じゃ…ないか…。 それは“飾り扇子”てやつで…、“舞扇”でもある…地紙が金色で、その上には鮮やかな鶴の絵に紅葉が散らされていた。 その扇子の上には、下手な筆文字が書いてあって…。 「何で…どうして、お前こんな…こんな物持ってるんだよ!!」 叫んで、俺は遥か先にいる東条さんの車へ手を振りながら走る。 (馬鹿だ、俺。 まだ葵に自分の気持ちさえ伝えてなかった。こんなに好きなら、思いだけでも伝えないと…きっと、後悔する!) 傘なんて放り出して…土砂降りになった雨の中を俺は走った…。 第四幕へ |
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